うらしまクラウド
〜クラウド in ホロウバスティオン〜
<14>
 
 スコール・レオンハート(レオン)
 

 

 

 

 

 

 

……クラウド……!

 

 目を閉じる。

 鮮やかに瞼の裏に浮かんでくる金の髪……海を思わせるマリンブルーの大きな瞳……そして意志的な眉が崩れると、彼の笑顔は本当に可愛らしくて……

 

「すまない、セフィロス」

「……まだ、何か?」

 まどろみもしていなかったのだろう。静かな低い声がすぐに返ってくる。

 

「クラウドを連れ戻す方法を教えてくれ、頼む」

 ハッキリとそう告げた。

 ああ、これは俺の我が儘だ。そう、それでいい。

 俺はクラウドを連れ戻す。

 セフィロスの言うように、もしかしたらこのままのほうがよかったと、彼は思うかもしれない。

 化け物の徘徊する街で、夜毎、セフィロスの影に、身を竦めることになるのかもしれない。

 だが……それでも……俺はクラウドをここに連れ戻す。

 俺の側へ。この家へ。

 

 なにがあっても、口にした誓約は守りぬいてみせる。俺のすべてを賭してでも。

 独りが怖いのなら、ずっと手を握ってやればいい。ぬくもりが欲しいのなら、何度でも抱きしめてやろう。

 

「……頼む、セフィロス……クラウドを……」

 言葉を繰り返した。

「……それでいいのか?」

「ああ。……彼を連れ戻したい」

「あの子のために、本当によいのかと……迷っていたのではなかったか……?」

 いっそ、優しいとも言えるような物言いで、ささやきかけるセフィロス。

 さきほどの気持ちを、もう一度確かめ、口に出した。

 

「『クラウド』の居場所はここだ。不安ならば俺が守る。……どうしても連れ戻したい、頼む」

「…………」

「……もう決めた……手を貸してくれ、セフィロス」

「……そうか……ふふ……」

 また、セフィロスが笑った。

 俺は真剣そのものだったが、彼の笑い声を不快には思わなかった。どこか自嘲を含んだような……寂寞とした笑み……

「おまえの意志は……よくわかった……」

 そうささやいた彼の声は、あまりに静かで、何故かやわらかくて……俺はもうこれ以上、願いを口にする必要がないのだとそう感じた。

 

 

 

 

(……レオン……) 

 セフィロスの低い声が、俺を呼ぶ。

 いや、違う。

 『声』など聞こえなかったのに……頭の中に直接呼びかけられているような、不可思議な感覚だった。

 不意に眠気が襲ってくる。先ほどまではむしろひどく目が冴えていたのに……

(……なんだ? どうして…………?)

 視界がミルクを溶かしたように濁ってゆく。

 となりに仰臥しているはずのセフィロスが、音も立てずに半身を起こした。するりと掛け物が滑り落ちてしまう。

 薄いローブがはだけ、生白い剥き出しの肌が痛々しく映った。

 

(……風邪を引く)

 こんな状況にも関わらず、俺はそんなことを言って聞かせた。

 ……いや、言おうと思ったが、あまりの眠気に声が出ず、頭の中でつぶやいただけだったのかもしれない。

 

 セフィロスが笑った。

 薄い口唇が、弧を描く。

 まるで……そう……何に例えればいいのか……ああ、そうだ。東洋の仏像が浮かべる、甘い……だがどこか不思議な和えやかな微笑……

 

『……私とあの子は同類だ……哀れな病因を抱え込む同胞みたいなものだな……』

 

 俺が言いかけて飲み込んだ言葉を、そのまま彼がささやいた。

 そしてまた、笑った。

 

(……セフィロス……!)

 またしても、俺の呼びかけは、声にならなかった。

 

 彼がゆっくりと身を起こし、寝台を降りた。

 ……彼は壁側に寝ていたはずなのに……ベッドを降りるには、俺の上を通らなければならないはずなのに……いや、それよりなにより、俺の手と彼の右手はしっかりと手錠で繋いだはずだ。ほら、鍵だって、俺のポケットにきちんと入っている。

 

 セフィロスはごく自然に枕辺に立ち、横になっている俺を見る。

 目を瞑ったままなのに、セフィロスが上から、俺を見つめているのが『わかる』のだ。

 

 彼はずっと微笑したままだった。

 何も含むところのない、淡い笑顔は……夢のように綺麗で……

 語彙の少ない俺では、どう表現して良いのか言葉を探し出せない。

 

 ああ、そうだ……幽玄とでも言えばよいのだろうか……

 ……こんなに大きくて強い男相手に、おかしな例えだと思うが……

 ……そう……まるで……天女が、愛しいこの世に別れを告げるような……そんな微笑みであった……

 

(セフィロス……! 行くな!)

 俺は叫んだ。

 なぜ、そんな言葉を口にしたのか、自身でもよくわからない。

 

 風に煽られたように、窓が開く。

 薄手のカーテンが、ふわりと翻り、まるで彼の背に、白い翼が生えたように見えた。

 

(……セフィロス……セフィロス……ッ!)

 俺は彼の名を繰り返す。

  

 白く整った人形のような美貌……淡い笑みを刷いたまま、彼は静かにきびすを返した。

 

(セフィロスッ! 待ってくれ……! 行くな……!)

 呼び止める必要などないはずなのに。

 望みはすでに伝えたはずなのに。

 

 霧散しそうな淡い笑みが……なぜかひどく苦しげで……笑いながら、血の溢れる傷口を覆い隠しているように見えて……

 ああ、俺は何を言うつもりなのだろう。

 あんな人物を相手に……一体何を口走ろうとしているのだろうか。

 

 俺の腕は、ひとりを守るのに精一杯だ。

 不安と孤独におびえるクラウドを、抱いてやるだけの長さしかない。

  

 俺の腕はセフィロスにはとどかない。

 ……とどくはずがないのに……!

 

「……セフィロス……ッ! 行くなーッ!」

 声が出た。

 喉を裂くほどの叫びが、口腔から迸った。

 

 その声が届いたのか、最期に一度、セフィロスは俺を振り返った。

 夜風に煽られ、長い髪が彼の表情を隠す。

 

「…………」

 途切れ途切れに視界に入る、彼の形良い唇が動く。

 声が聞こえない。言葉が読み取れない。

 

「セフィロス……ッ!!」

 もう一度、俺が彼の名を呼んだとき、窓辺の長身は跡形もなく消えていた。

 

 ただ、その場所に……黒い羽が、はらりはらりと舞い落ちるだけであった……

 

 俺はその場面を、まるで何かの映像を見せられるように寝台に横になったまま、指一本動かせず、ただひたすらに眺めていることしかできなかったのだ……