うらしまリターンズ
〜クラウド in ホロウバスティオン〜
<1>
 
 クラウド・ストライフ(AC)
 

 

 

 

 

 

 

「ぎあぁああぁ!」

 間近に聞こえた悲鳴で、俺はすっ飛び上がった。いや、正確には目を覚ましてから、その声を耳にしてつられて飛び上がったということだ。

 周囲は想定外に静寂に包まれている。

 

 ……では、今のゾーキンを引き破るような悲鳴は……?

 

 何のことはない。

 自らの口から迸った悲鳴だったのである。

 

 注意深く周囲を見回す。

 薄暗い部屋の中……それもご丁寧に寝台の上に、俺は寝転がっていた。 

 

 ……馬鹿な……

 寝転がっているのはともかくとして、それがベッドの上というのは解せない。しかも、かなり大振りなベッドで、身を横たえていた布団もふんわりとやわらかいのだ。

 

 いやいやいや、落ち着け。

 だから、そんなことはありえないのだ。

 

 数刻前、ヴィンセントからの電話に、俺はバーを飛び出して、そのままバイクを飛ばしていた。もちろん、コスタ・デル・ソルの自宅に帰るためだ。

 セフィのバカ野郎が、ヴィンセントに取りなすどころか、ますます不安を煽るような発言をしやがったせいだ。バーで女性たちと一緒だったのは事実だが、きちんと理由がある。決してやましいことはなかったのに……

 

 そう、郊外の道で、必死にバイクを飛ばしている間に、雨が降ってきたのだ。そしてタイヤを取られて……スリップ……

 

「くっそ〜、セフィのバカッ!」

 八つ当たり気味に、独りごちてみるが、どうやらそれどころではないらしい。

 いったいここはどこなのだろう?

 薄暗い部屋……だが、機能的で上品なつくりの寝室だ。それにノースリーブだと肌寒い。 

 俺は寝台を降りると、大きな木の扉を開いた。

 ギィィィィと、招かれぬ闖入者に抗議するような、鈍い音が響く。 

 続きの部屋も薄暗かった。

 薄闇の中、なんとか灯りを点せないかと、手さぐりで壁を伝う。

 

 ……カチッ……

 

 指先に触れたボタンを押すと、パッと辺りが明るくなった。幸いにも電気が通っているらしい。

 ……だが喜んだのも束の間だった。

 

 目に入ってきた肖像画……銀の髪に褐色の肌をした、貴族的な男……

 間違いなく見覚えのある、それ。以前一度、この場所には連れてこられたことがある。

 

「ホ……ホロウバスティオン……? もぅ、またぁぁ〜〜〜?」

 俺はガクリと肩を落とし、その場にへたり込んでしまった。

 

 

 

 

 五分後……

 わずか五分後、だ。

 いつまでもへたり込んでいるわけにはいかなかった。魔王セフィロスの元に、ヴィンセント姫を残してきている。勇者クラウドとしては、一刻も早く婚約者のもとに馳せ参じなくては……

 漆黒のマントにエロエロの化粧をしたセフィロス。その付き人のような魔女ヤズー。深紅のドレスを身につけた、か細いヴィンセントが、まるで蜘蛛の巣にかかった蝶のごとく怯え竦んでしまっている。露を含んだ双眸が揺らめき、おのれの身に降りかかる禍を、健気にも耐えているのだ。

 そんな妄想に、頭を抱えて両膝をつく。

 

「あああ〜っ! ヴィンセントーッ! もう……ちょっ……ヤバイよ! なんでこんなときに……! もう、帰んなきゃ!早く帰んなきゃッ!」

 俺はやけくそに叫んだ。

「スイマッセーン! あのーッ! だれか居ませんかーッ! ちょっ……助けてくださーい!」

『くださーい、さーいさーいさーい……ぃ……ぃ……』

 長い廊下にむなしく響く叫び声。

「レオーン! ちょっとレオンってばーッ! もう、ヤバイの、コレ、ホント! 助けてよーッ! あ、いや、むしろヴィンセントを助けて欲しいんだけど、まずは俺だ! レオーン! レオーン!」

『レオーン……オーン……オーン……ン……ン…………』

 

「……んもう〜マジで? 誰もいないのかよ〜ッ!!」

 よくよく考えてみれば、夜中にあの店をすっ飛びだしてから今まで、食事もしていないし、睡眠もとっていない。ああ、いや、あのベッドで目覚めたのだから、わずかなりとも眠ったのかもしれないが、全く疲れがとれた様子はないのだ。

 俺はかなりしょぼくれた気分で……それでも、ただひたすらにヴィンセントに身を案じて、歩みをすすめた。

 城内に人がいないのなら、外へ出るしかない。幸いホロウバスティオンならば、以前迷い込んだおかげで地理に明るい。

 

 ズカズカと早歩きで入り口に向かい、城門をくぐる。

 ひやりとした外の空気を感じたとき、わずかなりともホッとした。普通ならば室内に居た方が落ち着くのかも知れないが、狭い空間は閉塞感があってダメだ。

 

 おそらく午後6時前といったところだろう。

 うっすらと濁った灰色の空に、気の早い星々が顔を出していた。

 

「まいったな〜。もう日が暮れるじゃん」

 ぼりぼりと頭を掻いた。もともと思考型の人間ではないと自覚している。

 幸いにも、ケガひとつないのをいいことに、俺は勝手知ったる道を辿ることにした。

 そう、街の外れにあった、レオンの家へ行ってみることにしたのだ。ここから徒歩ではかなり時間がかかるであろうが致し方ない。この土地で頼れるのはレオンくらいだったし、ヤツの仲間連中については、顔見知りではあるが、自宅を訪ねられるほど親しいわけではなかった。

「……もう、腹減ったし……眠いし……」

 泣き言が口をつく。

 しかし、泣こうが喚こうが空腹が癒やされるわけではないし、眠気が吹き飛ぶわけでもなかった。

 

 俺は腹を括って、記憶の中にある、道程をたどった。