うらしまリターンズ
〜クラウド in ホロウバスティオン〜
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 クラウド・ストライフ(KH)
 

 

 

 

 

 

 

 カチカチカチカチカチカチ……ボォォーン……カチカチカチカチ……

 

 壁掛け時計の音が聞こえる。

 普段ならば、まったく気にも留めないような音……いや、気に留めるどころか、時を告げる鐘の音が鳴ってさえいても気づかないことがある。

 レオンとふたりでこの場所に住んでから……そう、オレの近くにレオンが居てくれるようになってから、周囲はにぎやかな物音で満たされていたのだ。

 キッチンでレオンが料理をする音、洗濯機の音、シャワールームの水音……そしてふたりでTVを観たり、食事をしたり、いっしょに眠ったり。

 ささいな物音など、何の気にもならないほど、生活の音に囲まれていた。

 

 カチカチカチカチカチカチ……ボォォーン……カチカチカチカチ……

 

 冷や汗が背筋を伝う。

 レオン……ああ、レオン……!!

 いったい、どこに行ったんだよ!?

 いつもどおり、家を出て行っただけなのに。城内の探索と市街地の警備を行う、と言っていた。何も特別なことではない。

 

 レオンが姿を消してから72時間……丸三日だ。

 外出するときには、必ず行き先と帰宅時間を告げてゆくレオン。それはもちろん、オレに対してでも例外ではなくて、出掛けようとすると帰りの時間を問われるのが常だった。

 そのレオンが、黙って三日も留守にするなんて…… 

 

 いや、待て、落ち着け。

 三日……たった三日なんだぞ!? しかも女の子というわけじゃない。屈強な剣士なのだ。

 レオンのことだ。無事に違いない。あのレオンがノーバディだの、ハートレスだのに、遅れを取るはずはないんだ。そんなこと、一番近くに居る、俺自身がよく知っている。

 なのに……それなのに、ああ何なのだろう? この胸騒ぎ……落ち着かなさ……!

 

 たった三日ばかり帰ってこなかっただけなのに……まるでレオンが、このホロウバスティオンから姿を消してしまったかのような不安がオレを襲う。

 

 

 

 

「レオン……レオン……!!」

 喉から漏れる、掠れた声に吐き気を感じた。

 なんて情けない、惰弱な声音……

 ああ、オレは、本当に弱くなっている。こんなにもひとり取り残されるのが怖くなっている。

 

 怖い……怖い……怖い!!

 嫌な予感ばかりが脳裏を巡る。レオンはこの世界には……ホロウバスティオンにはいないのではなかろうか? このままでは二度とレオンに逢えないのではなかろうか?

 そうしたら……そうしたら……オレはまた独りになる……独りぼっちになる……!!

 

「レオン……! レオン……!! どこに居るのッ!?」

 探しに行かなければ……!!

 でも、どこへ? この三日間、探せるところは探しまくった。城だけでなく、街も……郊外の川縁や草原、丘陵も……!!

 でもいないんだ!!いない……!!

 『ここにはいない!!』

 どうしよう、どうしよう!? 嫌な予感が確信になる。レオンはいない。呼んでも応えてくれない。

 オレは独りになる。また独りきりになってしまう……!!

 

「……ラ、ラグナさん……!」

 バカな!! ラグナさんにどうしてもらうっていうんだ? 隣国の大統領などという立場にあるあの人に…… ここに来てくれだなんて……側に居てくれなどと言えるものか!!

 

 ……ああ、ならば……ならば、『彼』しかいない。

 ずっと側に居てくれたあの人……今のオレを作った彼……!!

 

 セフィロス……!

 ああ、セフィロス……!

 

 ああ、いや……!……なにを馬鹿なことを……!

 セフィロスだと? オレは『セフィロス』から逃げ出したのではないか。壊される前に耐えきれなくなって彼の側を離れた。

 あの人がオレにし続けてきた酷い仕打ちを思い出せ。ようやくようやくセフィロスの腕の中から這い上がり、明るいところへ出てこられたのに……

 

 ……では、もし、レオンが居なくとも……ずっとひとりで明るい世界に居続けるのか?

 独りきりで……誰もオレなど見向きもしてくれなくとも……?

 

「あ……あ……あああ……ッ!」

 眩暈がする。喉がカラカラだ。

 嫌だ……嫌だ……嫌だッッ! ……怖い……ッ!

 

「……レオン……! レオン……!! レオーンッ!!」

 気の違った人間のような叫び声。間違いなく自分の口から飛び出す悲鳴。

「レオ……ン…… レオン……!!」

 陽の落ちた部屋に響く、虚しい呼び声……

「レオン…… レオ……ン……ッッ」

 いくら呼んでもいらえはない。レオンはもう……ここにはいない……

 

「……セ…………」

 自分の口が、信じがたい人間の名を綴ろうとしていた。あれほど忌避し、恐怖を抱いていた人物の名を……

「セ……フィ……ロ……」

 掠れた声音が、禁断の名を辿る。

 目の前がくらくらしてくる。まるで麻薬のようなその名前……ひどく蠱惑的で……懐かしささえ感じる……

 

「セフィ……ロス…… ……セフィロス……ッ」

 セフィロスは近くにいる。呼べばかならず応えてくれる。だって、セフィロスは……セフィロスは……オレの……

 

「……『クラウド』」

 

 ザアァァァァーッ!

 窓の外で風がうなる。鍵をかけていない扉が、ギィィィィと低い悲鳴を上げた。月明かりが人影を映し出す。

 黒い細身の影……風にそよぐ長髪……感情の読み取れない切れ長の双眸が、夜闇の中で不思議な光を放っていた。