うらしまリターンズ
〜クラウド in ホロウバスティオン〜
<3>
 
 クラウド・ストライフ(KH)
 

 

 

 

 

 

 

 オレは『それ』が、セフィロスだということを、最初から知っていたような気がする。

 

「久しぶりだな……クラウド」

 静かな……低い声。

 可笑しいほどに身体が震える。両足は力が抜けガクガクと揺れ、頭から血の気が引いていくようだ。軽い貧血状態になり、オレはよろけてテーブルにぶつかった。

 ガタンと派手な音が響き、置きっぱなしにしていたコーヒーカップが床に落ちて砕けた。

 

「……あ……あぁ……」

「どうした……? 久方ぶりだというのに……」

 子どもをあやすような優しい声……耳にした瞬間、泣き出したいような衝動に駆られる。それは恐怖なのか、憧憬なのか……もう何が何だかわからないような気持ちだった。

 

「セ……セフィロス……セフィロス……!!」

「……何を怯えている……おまえが私を呼んだのだろう……?」

「ち……ちが……」

 滑稽なほど声が震える。

「どうした……? 『また』独りきりなのか……?」

「ちが……ちがうッ! 違う……!!」

「……あの男に捨てられたのか……?」

「ち……ちがッ……オレは……オレは……!!」

 熱いものが頬を伝う。引き攣れた声、わななく吐息……オレの醜態を眺め、セフィロスは嘲笑した。色味の薄い口唇が、くぅっと持ち上げられ、不思議な微笑を映し出す。

 

「……可哀想にな……クラウド……」

 気に入りのおもちゃを値踏みするような、冷ややかな双眸。だが言葉だけは、オレをあわれみ、慰めるようなやさしい物言いなのだ。

「セ……セフィロス……」

「『また独りきり』になるのだな、おまえは……」

 クックックッ……という聞き取れないほどに低い笑みがこぼれ落ちる。

「や……ちがッ……違う……! レオンは……レオンは……!!」

「私を呼んだのではないのか……? クラウド……」

「あ……ああッ ちが……う……」

 オレは子どものように同じ言葉をくり返し、泣きながらかぶりを振っていた。

 

「どうした……寂しいのだろう? 額にキスが欲しいか……? それとも唇に……? いつものように、その身体を抱いて欲しいか……? 可愛いクラウド……」

 形よい唇が孤を描く。薄い口唇が淡い朱に色づき、睫毛の長い氷の瞳が細められる。滴るような微笑を目にしたとき、へなへなと腰が砕け、オレは床にうずくまった。

 

 コツ……コツ……コツ……

 カチカチカチカチカチカチ……カチカチカチカチ……

 

 セフィロスの足音が、アナログ時計の音と重なる。

 床に両膝をついたままのオレは、項垂れたまま彼の顔を見上げることさえ出来なかった。 グイと腕を取られ、引き上げられる。息の触れ合うほど間近に、セフィロスの恐ろしいくらいに整ったおもて……オレは彼を白痴のように眺めているだけであった。

 

 ……また、セフィロスが微笑んだ。

 彼の冷たい貌に、笑みが刻まれるたび、濃密な毒が空間に溶け出し、オレから思考力を消し、身体の自由を奪っていった。

  

 セフィロスの唇が、オレのそれに重なる。

 思いの外、やわらかい感触の……口づけ…… オレは為すがままに、自分から求めるように口を開いていた。

 歯列を割り、薄い舌が入ってくる。それは慣れた様子で、口腔を嬲りオレの意識を白濁とさせた。長く深い口づけが終わり、ようやく解放されたとき、オレの身体は立っていることさえ苦痛なほどに興奮していた。

 

「セ……セフィ……ロス……セフィロス……!!」

「……クラウド……」

「セ、セフィ……ロス……」

「思い出したか……? おまえが誰の物なのか……? おまえの欲しい物を与えてやれるのは誰なのか……?」

「あ……あ……セ、セフィ……ロ……」

「いつでもおまえの側に居るのは、一体誰なのかを……?」

 氷のような蒼の双眸に、うわべだけの暖かな光が灯る。

 それにもかかわらず、自分の両の腕が自然に持ち上がるのを、オレはまるで他人事のように眺めていた。小刻みに震えながらも、それはセフィロスの背に回される。

 そう、ふたたび……オレがセフィロスの愛撫を受け入れ、彼の『玩具』に戻る……それを確信するように……

 

 バッターン!!!

 

「スイマッセーン!!」

 突風のようなその声が、濃密な空気を乱した。電気もつけていない室内に、手探りで入ってくる『だれか』。

「あのッ、お邪魔しまーす!! レオン、いますか〜!? って、だれか居んでしょ? なんで真っ暗なのよ」

 

「……あ……だ、だれ……?」

「……フフフ、邪魔が入ったか……」

 そうささやいたセフィロスの声音は、ひどく楽しそうに聞こえた。

 そのとき、サァァァ……と雲がはれ、月明かりが周囲を照らした。セフィロスの長い髪が銀の光を放ち風に舞う。

 

「……あ……な、なんで……どう……して?」

 オレはその中でただひとり、腑抜けたようにうずくまったままであった。

「あー、『クラウド』だッ!」

 もうひとりの『オレ』はオレを指さしてそう叫んだ。何がなんだかわからない。回転の遅いオレの頭では話の展開についていけない。

 

「あ、ご、ごめッ……もしかして取り込み中だった?」

「フフフ……久しいな、『クラウド』」

 セフィロスが、もうひとりのオレに向かってそう告げた。まったく驚きもせずに。

「あ、この前はどうも。またですよ、コレ。もう、ホント、まいっちゃう。この前はわけわかんない間に戻れてたんだけどねー」

「この子に用があるのか?」

 セフィロスはオレを一瞥もせずに、『クラウド』にそう訊ねた。

「あ、う、うん。この場所じゃ知っている人なんて限られてるし。とりあえずレオンち行こうと思ってさ。……ってゆうかさ、なに、コレ? 浮気?浮気? クラウド〜、ダメじゃん。レオンに悪いとか思わないの?」

 キッとオレをにらみつけて、説教する『クラウド』。

「あ……あ……オレ……ちが……」

「どう違うのよ。他人から見たら、完全に浮気ですよ、コレ! まぁね〜、レオン、いいヤツだけど、気ィ利かないからさァ、イラつくのはわかるけど、まだデキて、そんなに長くないんでしょ? 今が一番大切なときですよ、アナタ!」

「え……あ、あの……オレ……」

「ふたりの間の……こう……『信頼関係』ってゆーの? そいつを確固たるものにする大事な時期じゃん。ガマンガマン!」

「フッ……ハハハハハ……! 相変わらずだな、おまえは…… ああ、可笑しい!」

 セフィロスが声を上げて笑った。いつものような冷ややかな嘲笑ではなく、本当に声をあげて笑っているのだ。

「いやいや、セフィロスさん、アナタもアナタですよ。この前、『若い二人を生暖かく見守ってあげて』って言っておいたでしょ。一応さァ、もうひとりの俺なんだしィ。あ、俺は浮気とかしないから。ヴィンセント一筋だからね、コレ」

「フフフ……やれやれ。いいだろう。その子のことはおまえに任せよう」

「いや、そーゆーことじゃなくて……」

「ただの退屈しのぎだ。……まぁ、頑張ってみるがいい……ふたりの『クラウド』」

 そういうとセフィロスは、ツ……と、開け放しの窓辺に寄った。

「あ、ちょっ……! 待ってよッ! なんとかしてよーッ!」

 『クラウド』が駆け寄る。

 それに艶やかな微笑を返すと、

「ではな……」

 と、ささやいた。

 黒の片翼が、その背に現れ、はためいたかと思った次の瞬間、彼の長身は漆黒の闇に消えていた……