うらしまリターンズ
〜クラウド in ホロウバスティオン〜
<4>
 
 クラウド・ストライフ(AC)
 

 

 

 

 

 

 

 

「あーあ、行っちゃったよ……もォォ!! ホンット、あの人、他人の話聞かないねぇ!!」

 俺はイライラと地団駄を踏んだ。

 ただでさえ時間がないのに!! この前、元に戻れた理由は全くわからない。俺だけではない。あの様子だとレオンだって結局は解らずじまいだったのではないかと思う。

 唯一、彼……『セフィロス』だけが、意味ありげな物言いをし、笑っていた。からくりを知っているとしたら彼しかいない!俺の野生の勘がそう告げている!!

 ぐっと拳を握りしめた瞬間、俺の背後でガタンと物音がした。 

 慌てて振り向けば、もうひとりの『クラウド』がソファの足元に蹲っていた。

 

「あッ、お、おい、大丈夫かよ?」

「…………」

「ちょっ……と、ク、『クラウド』……?」

 自分の名前を口にするのはなんだか変なカンジだ。だが、目の前に居るのは、まぎれもない俺自身……

「おいってば? セフィロスに何かされたの? どっか痛い?」

 彼は緩慢にかぶりを振った。

 力無く項垂れる身体を無理やり引き起こし、そのままソファに座らせてやる。テーブルの下には砕けたカップの破片。それを避けるように反対側に回り、目に付いたグラスに水道の水を汲んでやった。

「ほら、飲んで」

「……う……ん。ありがと」

「いいから、早く」

 そう促すと、彼は小刻みに震える手でグラスを握り、一息にそれをあおった。

 

「……あ……ハァハァ……ごめん。ありがと」

「いいよ。っつーか、こっちのほうこそ、悪りィ」

「……え……?」

 空のグラスをテーブルに戻し、不思議そうに彼は俺を見つめた。

「え……だって……いや、なんかこう……入っちゃいけないカンジだったじゃん? これから!ってところだったじゃん? 身体平気? 抜いてくる?」

「……平気。萎えちゃった」

 明け透けな訊ね方であっても、さすが俺の分身。実にあっけらかんと答えるのであった。しかし、ここはひとつ言っておかなければなるまい。ゴホン!とひとつ咳払いをすると、『クラウド』に向き直って口を開いた。

「でもさ〜、どういう事情かは知らないけどさ〜。やっぱ、浮気はよくないよ、うん。さっきも言ったけど、まだ一緒に居るようになってそんなに時間経ってないんだし。だいたい自宅でって大胆すぎるだろ? 今入ってきたのが俺じゃなくてレオンだったらどうするつもりだったのよ」

「…………」

「言っておくけどさァ、レオン、本気でおまえのこと好きなんだぞ? 大事にしてくれるだろ?」

「…………」

「そ、そりゃ、あいつ、ぶっちゃけ気が利くタイプじゃないだろうけど……」

「…………」

「まぁ、あの……アレ、下手くそなのかもしんないけどさ。あれもホラ、慣れだからね、コレ。レオン、超ノンケってカンジだったし、男相手は慣れてないんだよ。修行あるのみ!あるのみッ!!」

 俺はテンションを上げて、そう宣った。

 

「……違うよ……」

 ようやくもうひとりの『クラウド』は口を開いてくれた。ボソリとこぼれ落ちる暗鬱な声音ではあったが。

「……へ?」

「そんなんじゃない……」

 『クラウド』はそうつぶやくと、ぎゅっと丸めた膝の上に額を押しつけた。

「何だよ、どうしたんだよ?」

「……レオン、帰ってこない……」

 掠れた声がそう告げる。

「……え?」

「帰ってこないの……もう三日も経つのに……連絡もなくて……」

「な、なんで、どうして?」

「……わかんない。でもいないの……オレ、もうどうしていいかわかんなくて……」

 ズズズと鼻を啜るような音がする。嫌な予感に囚われつつも、俺はヤツに訊ねた。

「帰ってこないって……その……心当たりはあたってみたのかよ?」

「丸三日捜し回った。でも見つからなかった……」

「…………」

「もう、オレ……オレ……」

「ああッ……ちょっ……泣くなよ、おい!」

 もうひとりの『クラウド』はずいぶんと泣き虫らしい。もっとも昔は俺もそうだったから人のことは言えないが。仕方なしにそこらに放っぽってあるタオルをヤツに投げつけた。

 

「ほら、顔ふけよ。男だろ、メソメソすんな」

「……ヴィンセントさんだって、すぐ泣くじゃない」

「コルァァァ! ヴィンセントを引き合いに出すな! ヴィンセントは何してもいいんですッ!」

「ひいき。」

「あたりまえですッ! ヴィンセントが白と言えば黒いモンも白ッ! ヴィンセントは存在そのものが正しいの!!」

 我ながらむちゃくちゃだと思いつつも、平時から信じて疑わない、正直な気持ちを堂々と叫んだ。

「アンタさ……ホントにあのクラウドなんだね。コスタ・デル・ソルの……」

「そうだよ?」

「……アンタって、いかにもみんなに愛されてるってカンジ……ホント、すごくよくわかる」
 
 一応誉め言葉なのだろうが、ずいぶんと冷ややかに言う『クラウド』。

「なんだよ、何が言いたいんだよ」

「すっごいワガママだもん」

「ハァァ? 何言ってくれてんの!? 俺が常日頃、どんだけ家族関係に気を使い、ヴィンセントを守り通してきたと思ってんのッ?」

「……ウチの人、みんないい人ばっかじゃん。ヴィンセントさんだってみんなに好かれてて……」

「その好かれてるところが問題なんじゃあ!!」

 俺は指を揃え、ビシィッとばかりに突っ込んだ。

 ……我ながら大人げなかったとは思う。さすがに、レオン不在で怯えている『クラウド』相手に、もうちょっと気配りした物言いをすべきだったと、そう思う。

 

「……どしてよ。何の心配もいらないじゃない。……カダやロッズはガキっぽいし、ヤズーは女の人みたいに綺麗で親切だし。セフィロスだって……セフィロスだって……アンタのところのセフィロスは、すごく……やさしいじゃん」

「……ナニソレ」

「カタカナで言わないでよ。ホントのことでしょ」
 
 さらに平坦な物言いで、『クラウド』が言い返した。もうひとりの自分にこんな物言いをされる覚えはないし、冷たい眼差しでにらみつけられる言われもない。

「……なに……その目?」

「……なんだよ」

「何、紅くなってんの? さっきまで泣きベソかいてたくせに!!」

「…………」

 今度は黙りこくる『クラウド』。

「お……おまえ…… ま、まさか……!! おまッ……おまッ……セフィとなんかあったんじゃないだろうな!! ええッ!? どうなんだよッ」

「ツン!」

「おまえは乙女かッ!! 頬染めてツン!じゃねぇぞ! コルァ!」

「……アンタはヴィンセントさんが好きなんだろ。だったらいいじゃん」

 不平そうに頬を膨らませると、『クラウド』はプイっとそっぽを向いた。

「そ、そーゆーことを言ってんじゃないだろッ! 今さらヤキモチなんか妬くかよッ!」

「だったら……」

「レオンにバレたらどーすんだ、この野郎ッ!!」

 ぐいと胸ぐらを引っ掴んで、俺は『もうひとりの自分』に詰め寄った。