うらしまリターンズ
〜クラウド in ホロウバスティオン〜
<10>
 
 クラウド・ストライフ(AC)
 

 

 

 

 

 

 

 

「……ね、ねぇ……」

 後ろから『クラウド』が声を掛けてくる。なんとなく機嫌を伺うような自信なさげな声音だ。

「なんだよ?」

「……お、怒った? クラウド……」

「別に」

「ウソ。怒ってる……」

 恨みがましく、ヤツは言った。

 ……なんというか、まるで十代の小娘を相手にしているような気分になる。

 ふぅと吐息してから、気を取り直して口を開いた。

「……怒ってないよ。人それぞれだからな、事情や、物の考え方は」

「…………」

「おまえの気持ちはわかるよ。レオンの親父っつーのが、どんな地位にいるのかは知らないけどさ。まぁ、フツー、自分の息子の恋人がオトコだって知ったら、そりゃショックだよな」

「……うん……でしょう?」

「たださァ、レオンのヤツは全然隠そうとしてないぜ? あいつ、そういうキャラじゃないもんな」

「……クラウド、わかるの?」

「まぁ、こっちで一緒にいたとき、ずいぶんしゃべったから」

「……そうなんだ」

「ああ。だからさ、レオンは、おまえと付き合ってることを誰に対しても恥じていないし、堂々と他人に言えることなんだよ。俺から見てると、おまえがひとりで周囲の反応を先回りして、不安に感じているだけのような気がする」

 思っていたことを、きっぱりと口に出してやった。ヤツは海のような蒼い目をじっと瞠って俺を見つめた。

 

「……クラウド……」

「ま、確かに、実の親父ともなりゃ、どう考えるかは知らねーけど、シドだの……あの、なんだっけ? マーリンの家? あそこにいた連中にとっちゃ、別にどうってことないんじゃないの?」

「……クラウド、あいつらのことも知ってるんだ」

「まぁね。以前こっちに来ちゃったとき、ちょっと会っただけだったけど。そのときは事情を話さないで、おまえのフリをしてたよ。状況よくわからなかったし、説明すんのも面倒くさかったからな」

 ひょいと両手を持ち上げて、俺はそう言った。

「……そっか」

「以上が俺の感想だよ。……後はおまえのいいように考えたら?」

「……そういう突き放すような言い方しないでよ。独りで考えろみたいな言い方、キライ」

「あのな……考え事はひとりじゃなきゃできないだろーが。さて、無駄話は終わり!  もう日が落ちてきているからな。急ぐぞ!」

「あッ、待ってよ!」

 そんなやり取りをしながら、俺たちふたりは早足で闇の淵に向かった……

 

 

 

 

 シュウシュウと、獣の呼気のような音が聞こえる。

 あちこちに生えた水晶の隙間を、冷たい風が吹き抜ける音なのだ。市街地から、極端に離れた場所でもないのに、此処はひどく寒く感じる。体感で4、5℃は下がったような気がするのだ。

 きっと、それは、氷柱のように突き立った水晶並木のせいなのだろう。冴えて透きとおったそれらを眺めているだけで、身震いがしてくるようだ。

 

 闇の淵は、城へ続く道が二股に分岐したところから、坂を下り、洞窟を通ってゆくのだ。もちろん、平地よりも高度は低く鋭い傾斜が、まるで谷底まで続いているように見える。

 そのせいか、水はけが悪く、ずいぶん前から行われている整備工事もなかなか順調には進んでいないらしかった。

 

「さっみー。な、寒くない?」

 うかつにも、ノースリーブから剥き出しの肩を抱えるようにして、俺はヤツに話しかけた。

「え? う、うん……この場所はいつもこうだよ」

「水晶のせいかな……コレ、つららに見えるよな」

「ん……綺麗だけど……怖いよね」

 ヤツは不思議な物言いをした。こじんまりと整った横顔が、徐々に血の気を無くしてゆく。

「おまえ、顔色悪いぞ、大丈夫か?」

「……うん。」

 ヤツはコクンと頷いた。一応、パーカーを羽織っているが、薄手のものなので保温性は心許ないだろう。

「よし、手分けして歩くぞ。なんか手がかりとか、気になる場所があったら、何かする前に声掛けろよ」

「え……一緒じゃないの?」

「時間ないだろ。できれば水晶の狭間も見に行きたいし」

 俺は空を眺めてそう言った。コスタ・デル・ソルと異なって、ホロウバスティオンはすぐに夜がやってくる。ようは太陽が出ている時間が少ないのだ。当然、日暮れとともに、気温は下がるし、視界も悪くなるしで活動しにくくなってしまう。

 

「ク、クラウド……」

「なんだよ、急げよ!」

「ねぇ、一緒じゃダメ?」

「おまえな……」

 さすがにウンザリとして俺は深くため息を吐いた。

「だって、この場所……嫌なんだよ。ヤなことばっか……思い出しちゃって……」

 左腕を右手でギュッと掴み締め、うつむきがちにそうつぶやいた。何か言い返してやろうかと思ったが、ヤツの顔を見ていたら何も言えなくなった。

 俺自身、ずいぶんとキツイ思いをしてきたが、コイツもかなりつらい道を歩んできたのかも知れない。また本人の資質というものも関係しているのだと思う。

 同じ境遇であったとしても、それを、自らの糧にして乗り越えて行けるヤツと、永久にトラウマとして抱えてしまうヤツだ。おこがましいが俺は前者のタイプだと思っている。

 

「いいよ、一緒に行こ、『クラウド』」

「ご、ごめん……さっきから……鬱陶しいことばっか言っちゃって……」

「そんなことないよ。……こっちこそ悪りィ。俺、けっこう無神経みたいだから」

「え……?」

「よく言われるんだよね〜、ウチの連中にさ。さ、行こうぜ、もう時間ないし。何か手がかりみたいなもん、見つかるといいな」

 そう言って、俺はヤツの手を引っ張った。

 そのまま手を繋いでやる。

 クラウドと『クラウド』が、仲良く手を繋いで歩いている構図は、ハタから見ればけっこう面白かったかもしれない。

 

 もっとも、こんな場所に居るのは俺たちだけで、月明かりだけが、冴え冴えとふたりの『クラウド』を照らし出していたのだった……