うらしまリターンズ
〜クラウド in ホロウバスティオン〜
<13>
 
 クラウド・ストライフ(AC)
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バタバタとキッチンから彼の部屋に戻り、テーブルに氷で埋め尽くしたボウルを置く。

 冷水に浸そうと、額の濡れタオルを取り上げるが、ほんの少しの間、乗せていただけなのに、湯につけたように温かくなってしまっている。

 

「ハァッ……ハァッ……ハァッ……」

 呼吸も相変わらず速い。

 そっと頭を持ち上げ、氷枕を敷いてやる。作り方は以前ヴィンセントに教わったことがあるから、多分大丈夫だ。

 

「え……ええと……あと、してやれることは…… 落ち着け、落ち着け、俺……」

 ブツブツと念仏のように唱え、せわしなく部屋の中を行き来した。

「そ、そうだ……く、薬……さっき買ってきたヤツを……」

 バリバリと薬局の袋を開け、中身を取り出す。カプセルの錠剤だ。

「カプセル……なんて飲めないよな……しかも腹ん中からっぽだし……どうしよう……」

「ハァ……ハァッ……ハァ……」

「……ク、『クラウド』? おい、しっかりしろよ」

「ハァ……ハァッ……ハァ…… あ……」

 熱で潤んだ瞳が、不安げに俺を見上げた。

「『クラウド』……少しだけでも何か食えないか? スープとか……なにか口にしないと薬が……」

 ほとんど縋るような情けない物言い。だがもはや体裁にかまっている余裕はなかったのだ。

 

「……ハァ……ハッ……ご、ごめ……もうちょっと……」

「あ、い、いや、そ、そうだよな。わかってるけど……わかってるんだけど…… おまえが苦しそうなの……かわいそうで……」

「……へ、いき……」

「バカッ、平気じゃないだろ。こんなときまで気ィ使うな!」

「……クラウド、やさし……」

「そんなこと…… もう、俺……何にもできないし……」

 目の奥が熱くなってくる。じわりと滲んできた恥ずかしいものを、俺はぐいと押し拭った。

「……ハァッ……ハッ……ハァ……レオン……帰ってきてくれるかな……」

「え……?」

「また……逢えるかなァ……ハッ……ハァ……ハァッ……」

「何言ってんだよッ! あたりまえだろ! 絶対……俺、なんとかしてやっから……! しっかりしろッ!」

「ハァ……ハァッ……ハァ……」

「『クラウド』?」

 しゃべるのが苦痛になったのか、疲労したのか、ヤツは荒い吐息を繰り返したまま、双眸を綴じ合わせた。

 

 時計を見ると、もはや時刻は真夜中の0時過ぎ。

 大慌てに動き回っていたせいか、時間の経つのがわからなかった。自身の空腹もようやく今頃思い出したのだ。

 だが、食欲はあまりない。食えといわれれば食べられるだろうが、空腹ではあっても、物を食べたいという欲求は失せてしまっていた。

「ダメじゃん……俺まで倒れるわけにはいかないんだぞ……」

 冷蔵庫から口当たりの良さそうなものを取り出し、無理やり食事を取る。真夜中ということを考えればそれほどの分量でなくていい。とにかく何か口にしなければという気持ちだったのだ。

 今朝の残りのチーズと、余分のスープに乾いたパン。だがどれもこれも味などわからない。

 

 その後、もう一度シャワーを浴びなおした俺は、レオンの部屋から、毛布と枕をひっぱりだし、クラウドの部屋に移動した。傍らのソファはベッドにもなる優れ物だから、今夜はそこで寝ることにする。

 やはりクラウドの容態が心配だったし、正直一人きりで眠るのは、俺自身が心細かったのだ。 

『レオン……帰ってきてくれるかな……また……逢えるかなァ……』

 切なげなつぶやきが甦ってくる。

 せわしなさと心許なげな気分に押しつぶされそうで、逃げるように寝床に潜り込んだ。もちろん、横になる前に、『クラウド』の額の濡れタオルを代えることだけは忘れなかったが。

 電気を消した室内……真っ暗な闇の中では、ことさら彼の吐息が苦しげに響くのであった……

 

 

 

 

 翌朝……

 とは言っても、それほど眠ったような気分ではない。

 だが、時計はすでに朝の8時に近かったし、あれから7時間が過ぎていることになる。睡眠時間としては充分だと思うが、彼の容態が気になっていた俺は、ちょくちょく目を覚ましてはタオルを取り替えたり、熱を計ってみたりしていたのだ。

  

 あいにく……夜が明けても、『クラウド』の容態は好転したとは言い難かった。

 昨夜より、多少落ち着いたのは、呼吸の速さくらいで、白い頬は相変わらず上気していたし、ぐったりと熱を帯びていた。 

 額のタオルを代えてやっても、目を見開くことさえしなかった。

 

「ええと……昨日の薬……さすがに今日は飲ませなきゃ……」

 手早く身支度を整え、俺はキッチンに置きっぱなしの薬を取りあげた。結局、昨夜はあのままだったのだ。

 一眠りしても熱が引かないのは、やはり適切な薬を投与していないせいだと思うのだ。その証拠に、ヴィンセントのときは、翌日には目に見えて快復していたし、軽い食事さえもとってくれたのだから。

 

「あのとき……セフィは粉薬、果物のホットジュースに溶いてたよな…… カプセル開けてみようかな〜……」

 テーブルの上に紙を敷き、ちっこいカプセルのひとつを、パカリと開封してみる。すると、中からぱらぱらと不思議な色合いをした顆粒状の薬品がこぼれ落ちてきた。

 俺はカプセルふたつ分だけ、中身を取り出すと、買い置きのあったレモンを搾った。それをカップに空け、ガンガンに沸かした熱湯で割る。もちろん薬の苦みをごまかすために、普通のホットレモンの倍の砂糖を投入するのだ。

  

「あちっ……こんな感じかな〜。セフィの作ってたヤツのほうが美味しそうだけど……まぁ、仕方ないよな」

 自らにさりげなく言い訳し、そいつを持って『クラウド』の部屋に戻った。