うらしまリターンズ
〜クラウド in ホロウバスティオン〜
<15>
 
 クラウド・ストライフ(AC)
 

 

 

 

 

 

 ダイニングテーブルに放り出したままの、ヤツの携帯電話を手にする。

 申し訳ないとは思うが、非常時だ。アドレスを開き、目的のものを捜す。

 

 『マーリンのいえ』

 これだけしか登録がない。素っ気ないアドレス欄。

 だがまぁいい。目的は果たせそうだ。『マーリンの家』の『いえ』という字がひらがなのままなのが、いかにもこの世界の『クラウド』らしくて可愛く感じた。

 

 俺はレオンを捜しに行く。

 だが、その間、昏睡した『クラウド』をまかせられる人物……もし、万一、レオンが戻る前に目覚めたとしても、彼を上手にいなせる人……

 

 ……ルルルル……ルルルルル……

 ……ルルルル……ルルルルル……

 

 頼む、誰か出てくれ!

 

『……はい?』

 携帯の向こう側から、女の声がした。がやがやと雑音が入るのは、彼女の他にもマーリンの家に人々が集っているのだろう。

『はい……だれ?』

 受話器の向こうで、もう一度そう繰り返された。

「……俺、クラウドだけど」

『ああ、クラウド? ……今ね、あなたのこと、考えてたの。レオン……見つかった?』

 ……エアリスだ。

 間違いない。この声はエアリス。

 俺たちの世界では、すでに帰らぬ人となってしまったが、この場所で再会することのできた、とても大切な人……!!

 

「……エアリス?」

『うん。……声、わかるんだ』

「うん、わかる」

 少しだけ間が開いて、彼女は常と変わらず聞き覚えのある声音で静かで問いかけた。

『……どうしたの? クラウド……』

「え……あ…… あ、ご、ごめん」

『……なにかあった……?』

 おっとりとしているが……察しのいいところは、かつて知っていた彼女と同じであった。

「エアリス。どうしても頼みたいことがあるんだ」

『……たのみたい……こと?』

「うん、いきなりゴメン」

『……なぁに?』

「この場所……レオンの家、知っているか?」

『うん、もちろん』

「本当に悪いんだけど……いきなりこんなこと言い出して、ワケわかんないと思うけど……今、すぐに来てもらえないかな」

『……クラウド?』

「理由は後でちゃんと話す。今、本当に困ってることがあって……アンタになら頼めそうだなって思って…… できれば、誰にもわからないように来てもらえれば…… あ、あの、変な意味じゃなくて!」

『……? 変な意味じゃなくて……か。おかしいの、クラウド』

 鈴を転がすように、彼女が笑った。

「ごめん。本当に。……でも、頼むよ、エアリス。どうしても……アンタじゃないとダメだ。アンタみたいな人でないと……話、できそうもない」

『……うん、いいよ。少しだけ待ってて』

「え……?」

『今から行くから……ちょっと、みんな、ごまかして、ね? すぐ、だから』

「……あ……う、うん……ゴメン」

『あやまること、ないから』

 ごく穏やかな調子でそう言ってくれると、電話はあっさりと切れた。通話口であれこれ詮索されないのは助かった。もちろんエアリスならば大丈夫と信じて、彼女に連絡を取ったのだ。

 俺は彼女がこの場所に到着するのを、一日千秋の気持ちで待ちわびた。

 

 

 

 

「……というわけなんだ。いきなりこんな話、信じろっていうの無理だと思うけど……」

 傍らの寝台に横たわる『クラウド』。彼の眠りを妨げないよう、様子を見せるとすぐに広間に戻ろうとした。

「ううん。信じるよ。だって、ほら、こうして見ているんだもの。……あ、氷、まだあるかな」

 話の途中で彼女はつぶやいた。 

 出てくるとき、ボウルの中の氷が溶けきっているのに気づいたのだろう。

「う、うん。多めに作ってるから。たぶん、まだ固まってるの残っていたと思う」

「そう。……それじゃ、君はもう行って」

 ひどくあっさりと彼女はそう言った。

「エ、エアリス? その、いいか?本当に……任せてしまって…… 自分でもすごく勝手なこと頼んでるってわかってる。でも、どうしてもすぐにレオンを連れ戻してやらないと……」

「それはさっき、聞いたでしょう? お薬も預かったし、大丈夫」

 エメラルドの瞳がやさしく細められた。

「う、うん。じゃ、頼む、エアリス! やっぱ、アンタに連絡して……よかった! 急ぐからッ! できるだけ急いでみるからッ!」

「……無理しないで。こっちの『クラウド』はちゃんとわたしが看ているから」

 つ……と立ち上がって、水を汲み、もう一度『クラウド』の私室に向かうのだった。その後を追うように俺は歩いた。

「すまない。熱冷ましに睡眠薬を混ぜたヤツ、飲ませてあるから……たぶんずっと眠っていると思う。薬の類はテーブルの上に出してあるから。熱冷ましも一緒に」

「うん、わかってる」

「あ、ああ、じゃ、行ってくるッ! よろしく頼む!」

 そう言って、バイクのキーを取り上げた俺に、彼女は「あ……」と何かに気づいたように顔を上げた。

 

「ね……せっかくだから、教えて? 『君』にはまたいつ会えるかわからないし……」

「え? なんだ?」

「ねぇ……あなたの世界にもわたしが居るの?」

 無邪気な問いはあまりにも残酷で、一瞬俺は怯んでしまった。

「あ、ああ、もちろん」

「そう。そうだよね。だって、クラウド、わたしのこと知ってるんだもんね」

「……うん」

「わたしと、仲、いいの?」

 華奢な首をわずかに傾げて彼女はそう問うた。

 

「アンタは俺の大切な仲間なんだ。昔も……そして今も」

「そっか。うふふ、ちょっと残念」

「え……? なにが……だ?」

「ううん。さ、行ってらっしゃい。早くレオンを戻して上げて」

 はやい呼吸を繰り返す『クラウド』の額をそっと撫で、彼女は俺をまっすぐに見てそう告げた。

「わかった。ありがとう、エアリス」

「なに、お礼、言うの? あたりまえじゃない」

「……ありがとう、やっぱりエアリスはエアリスだな。どこに居ようとアンタは……変わらない」

 俺の言葉に、彼女は不思議な微笑で応えてくれた……