うらしまリターンズ
〜クラウド in ホロウバスティオン〜
<16>
 
 クラウド・ストライフ(AC)
 

 

 

 

 

 

 

 頬に当たる風が、肌を裂くように冷たい。

 ホロウバスティオンはコスタ・デル・ソルに比べて大分気温が低い。日中だというのに、特に今日は肌寒く感じるのだった。

 バイクのメーターはとうに100キロを超えている。だが、俺にとってはまだ遅いくらいの感覚であった。

 

 ホロウバスティオン城……アンセムの城。

 そこに『鍵』があると、俺は思っている。

  

 俺が目覚めたのも、城の一室だったし、あの居城と闇の淵だけは、外界とは隔絶した空気を纏っているのだ。

 それは、おぞましいとか恐ろしいとかいったマイナスの印象ではなく、超自然的な『モノ』に対する畏怖の念……そういったものを喚起させる。

 

 砂利道を無理やりバイクで飛ばし、石をはじきながら門前の絶壁に乗り付ける。

 さすがにここから先は、単車では行けそうにない。門道の脇にバイクを停め、俺は早足で城内に入っていった。

 一番最初、この場所にたどり着いたとき、中をぐるぐる歩き回ったし、一度目の訪問時、レオンに色々と教わっていたので、道に迷うようなことはなかった。

 

 とりあえず、目に付く扉を片っ端から開けて行く。

 『手がかり』とは言っても、自分自身『何を捜して』いるのかはわからない。だいたい入れ替わりのシステムさえわかっていないのだ。

 

「スイマッセーン!! だれか居ませんかァァア! 手がかりとか知りませんかーッ!」

 ほとんどヤケクソのように怒鳴り倒し、走り回る。

「レオン! レオーン!!  帰って来いよォォォォ! もう、ホント、いろいろヤバイことになってんの〜ッ! レオーン!! レオーン……ッッ!!」

 クソーっ、やはり無策のまま走り回っても、無意味なのだろうか。

 コンピュータールームに辿り着き、クローズされてるマザーCPを眺める。よくレオンはこの場所に居た。小難しい顔つきをしながら、節の張った長い指で、なめらかに端末を叩いていたのだ。

 ピーピーピー

 コンピューターは規則的な音を立て、作動し続けている。

「……レオン! レオーン! 帰ってこいッてばー! そんで俺を家に戻してくださいィィィ!」

 

 

 

 

「……ここは面白い場所だな」

 静かな声が背後から聞こえた。聞き覚えのある……だが、俺の知っているその声の持ち主より、遙かに静かな低い声……

「セフィロスッ! セフィ! よかった〜!」

 思わず泣き出しそうになる俺。

「……何がだ? おかしな子だな」

「もう、落ち着き払ってないでよ! あのね、『クラウド』が大変なの! 俺、何が何でもレオン、連れ戻さなきゃ!」

「…………」

「ね、ね、だから協力して! アンタ、何か知ってんだろ? 俺、顔はいいけど、頭、あんましよくないの! だからもぉ全然見当つかないの。どうすればレオンのところに行けるのッ? 早く連れて帰らなきゃ!」

「……おまえは自分の世界に戻りたいだけだろう? レオンを連れ戻すだのと……」

「もちろん、戻りたいよ! ヴィンセントが待ってるんだからッ! でもそれ以上に、今はとにかくレオンだよッ! 一刻も早くレオンのヤツ連れ戻さなきゃ!」

 俺は地団駄を踏むようなイキオイで、彼に縋り付いた。

「…………」

「言ってんだろ!クラウド、具合悪いんだよッ! あいつ、クソワガママだけどかなり繊細なキャラみたいなのッ!レオン居ないと快くなんないんだよ!! アンタだって、クラウドのこと気に入ってんだろ? だったら…… ハッ!?」

 不機嫌そうな……というかほとんど感情の見えない冷たい顔……

 

「……怒ってる? 『セフィロス』……」

「……何がだ?」

「……もしかして、この前のこと怒ってんの……?」

 恐る恐る俺は訊ねた。

 この場所にやってきた最初の日……レオンを頼って、彼の家に行ったとき……どうにもタイミングがいいとは言い難い状況であった。

「……わかった。やっぱ、怒ってんでしょ」

「…………?」

「アンタ、けっこう根暗だよね。邪魔されてムカついたんなら、その時、そう言やいーじゃん。こんなふうにイジワルしなくたってさ」

「……おまえは何を言っているのだ?」

 低くて静かな声が、心外とでもいうように訊ねてくる。

 ……フン、とぼけちゃって。

 やっぱり、どこに生きてよーと、セフィはセフィだ。エロくてイジワルで……こっちの『セフィロス』は何となく、青年貴族みたいで品があると思っていたのに。結局ソレかよ。ケッ!

 いやいや、悪態をついてる場合じゃない。『クラウド』をエアリスに任せて置いてきているのだ。犬……っつーより銀色狼に噛まれたと思って、さっさと済ませこの男の助力を得るのだ。

 本性の見えた今となっては、忌々しいことこの上ないが、やはりこの人がひとつのキーを握っているのだと思う。直接関連しているわけではないかもしれないが、俺のわかっていること以上の事柄を知っていると感じるのだ。

「いーよ、わかったよ。そーですか!結局それですか!」

「…………?」

「……ねぇ、アンタ。俺じゃ、『クラウド』の代わりになんない? まぁ、あそこまで可愛くはできないかもしんないけどさ」

「…………」

「ホラ!急いでるんだよ! ヤルならさっさとすませてよ」

「…………」

「あ、でも、ここじゃアレだよな」

 そうここはコンピュータールーム。ただでさえ寒いのに、こんな冷たい場所で横になるのはゴメンだ。

「俺が寝てた場所……ベッドルームあったでしょ。せめてあそこにしてよね」

「…………」

「どうしたのよ。俺のこと『クラウド』だと思えばいいじゃん。同じ顔だし身体だって一緒だと思うよ。いいでしょ、それで」

「…………」

「……あ、でも、このこと、後で『クラウド』と会うことがあっても、絶対言わないって約束して。あいつ気にするだろうから」

「……クックックッ」

 ひどく可笑しそうに『セフィロス』は笑った。ずっと黙り込んでいたくせに。

 その笑い方が、本当に可笑しそうで、また楽しげで俺の神経を逆撫でする。

「なに笑ってんの? 人が真剣に言ってんのに! ホントに時間がないんだよッ! アンタの気の済むように、さっさと好きなようにしろよ!」

「……フフフ、そうか。いい覚悟だ」

 そうささやく『セフィロス』の口唇がクウッと持ち上げられ、朱色に染まる。毒々しいほどの色香を含んだ艶めかしいそれ……

 威勢のいい啖呵を切ったはいいものの、襟首に氷を宛われたように、ゾクリと身震いがした。