うらしまリターンズ
〜クラウド in ホロウバスティオン〜
<17>
 
 クラウド・ストライフ(AC)
 

 

 

 

 

 

 

 

「こっちだ……ついてこい」 

 スッ……と音もなく歩き出し、すぐに目の前を横切った。俺は慌ててその後を追いかける。だが、こちらを振り返りもしない、『セフィロス』。

 俺が着いてきているかどうかなど、どうでもいいことのような態度に、微かに自尊心が傷つき、少しだけ彼が怖くなった。

 

 ……あんまりひどいことされなきゃいいんだけど……

 

 あんなこと言った後なんだから、慈悲を請うのもそぐわない。自分の世界のセフィロスと、付き合っていたのは10代の頃……ずっと昔の話だ。彼と別れ別れになってからは、あまり愛だの恋だのにうつつを抜かしている余裕もなく、そういったこととは縁遠くなっていた。

 しかも今の恋人はヴィンセント……俺は受け身側ではない。

 

 そんなことを考えていると、前を歩く『セフィロス』が唐突に足を止めた。

 そこは俺がこの世界にやってきたとき、辿り着いた寝室。巨大な寝台の上に気を失ったまま横たわっていたのだ。

 『セフィロス』は寝室の中に、俺を促した。

 
 
 

 

 

「『クラウド』……」

 背後に回り、大きな扉を後ろ手に閉めると、彼が低く俺の名を呼んだ。ますます背筋の寒気がひどくなる。

 虚勢を張って、『セフィロス』の整った顔をにらみつけた。

「うッ……な、なんだよ! 別にッ 俺、平気だから。女の子じゃないし。ニンシンしたりもしないし!」

「…………」

「た、ただね、お、俺、今、そっち側じゃないからッ! ぶっちゃけこーゆーの久々だし、あんましひどいことは…… あ、別に怖いとかそーゆーんじゃ……」

「……フ……」

「ちょっ……笑わないでよ! 俺には重要な使命があんだからッ! するならさっさとしろよ! 自分で脱ごうかッ? それとも脱がしたいタイプ!?」

 やけになって、逆ギレ気味に怒鳴りつける。

 

 『セフィロス』が近寄ってきた。

 この人は、俺の知っているセフィロスと異なり、ほとんど足音など、身のこなしに音を立てない。それがまた非人間的というか、生身の人という雰囲気を感じさせないのだ。

 

 スッ……と手袋に包まれた長い指が、俺の眼前に伸ばされた。

 思わず「ひっ」とばかりに息を詰めてしまう。

 だが、その指は、俺の頬に触れることもなく、また顎を捕らえることもなく、壁掛けの鏡に触れた。

「……な、なんだよ……?」

「…………」

「なにしてんの?」

「……わからないか? 『クラウド』……」

 彼の瞳は俺を映してさえいない。まっすぐに大きな壁掛け鏡を見つめ、言葉だけで語りかけてくる。

 

「なんだよ……急に。何のこと?」

「……レオンを連れ戻すのだろう? その手がかりが……今はこの部屋にある」

 あまりに低くて静かな言葉。

 だが、それがどれほど俺を驚愕させたかは、想像に難くないだろう。

「な、なにッ? 何なのッ? どういうことッ?」

「私には見えるが……おまえにはわからぬのか?」

「何が見えるってんだよ! ただの寝室じゃんかッ! なにも……」

「そう……元はただの寝室……」

 『セフィロス』は、ツ……と細い指を持ち上げて、空の一点を指さした。目をこらしても何も見えない。

 そこはちょうど、さきほどセフィロスが指さした鏡に、映っている空間であった。

 

「空間のゆがみがそこにある」

「ハァ? 何のこと? なんにもないじゃん!」

 俺はイライラと言い返した。『セフィロス』の言っていることがほとんど理解できず、ひどく苛立ったのだ。

 悪いけど、俺は霊感だのなんだのという、デリケートな感覚は持ち合わせがないらしい。『セフィロス』が指さした先には何も見あたらない。

「ねぇったら、『セフィロス』!」

 尚も言いつのる俺に、いかにもウンザリとした面持ちで首を振り、やれやれと声に出して落胆したのだった。

「やれやれ、感じ取ることもできないか…… 落ち着きのない子どもだと思っていたが……やはり……」

「アンタねぇ! 黙って聞いてりゃ『子ども、子ども』って、初めて会った時から失礼だなァ! 俺、23だから! 大人だから! 恋人もいるからね! もちろんそーゆー関係のッ!」

 言わなくていいことまで口に出し、抗議してやる。そんな俺を辟易とした眼差しで眺めると、『セフィロス』は側に近寄り、俺の腕を取った。

「ちょっ……何?」

「手を伸ばせ……そのまま……そう」

 掴まれたところがひんやりと冷たい。革手袋のせいだろうか。

 『セフィロス』は掴み締めた腕を、グッと前方に引き寄せ、さきほど彼が注意を促した空間に歩み出した。もちろん俺も彼に習って動く。

 

 その時であった、指先に微かな違和感を感じたのは。

「う……? な、なに? なんか……風……みたいなの感じる。動いてるよね、空気が……」

「……そう」

「ど、どうして? こ、ここ、部屋の中なのに…… ま、窓だって開いてないし……キショッ!」

 超自然現象に気味が悪くなってあたりを見回した。

「……仮に窓が開いていたとしても、ここにだけ空気の対流が生まれるのは不自然だろう?」

 落ち着き払った口調で『セフィロス』がつぶやいた。独り言のような物言いだ。

「……で? な、何なの? このキモチ悪いカンジのが、なんかカンケー……」

「……まだわからないのか?」

 クッと小さく嘲笑し、彼は俺を見た。ほとんど色味を感じさせないアイスブルーの双眸が細められた。

「まぁ……おまえはホロウバスティオンの住人というわけではないからな……気づかぬのも無理はない」

「……な、何なの?」

「この世界は……今、闇に浸食されつつある。いや……『闇』という言い方でよいのかわからぬが……ともかくすべての調和が乱れ、均衡が崩れつつある。本来なら、繋がるはずのない世界……空間……それらが、リンクする瞬間がある」

「リンクする……?」

「……そう……おまえの世界もそのうちのひとつだ」

「…………」

「そして……私の居場所もある意味ではそうなのだろう」

 『セフィロス』はそうつぶやいた。後から思い起こしてみると、その物言いが何ともいえぬ苦痛に満ちた様子であったのだが、目の前に突きつけられた『不思議』と自分自身のことだけで精一杯だった俺は、彼の在りように注意する余裕はなかった。