真夏の夜の夢<2>
 
 
 
 
 

 

 

 

 

 

 

「おーし、いい時間だな。そろそろホームに入るぞー」

 金やんの一言で、ぞろぞろと移動する。

 みんな、なんだかんだで、けっこう楽しそうだ。数少ない女子ふたりも、ずいぶんうち解けた雰囲気で談笑している。コンクールを通して、友情を築いたのだろう。

 しかし「お泊まり会しましょう」だの「パジャマパーティー」だのと楽しそうだ。たったふたりで『お泊まり会』もあったもんじゃないと思うのだが、女っていうのはそういうことが楽しいらしい。

 コンクールが始まった頃は、おどおどしていた一年の冬海が、嬉しそうに話をしているのを見るとホッとする。他人事を気にしなければいいのかも知れないが、コイツも俺の性分なのだ。

 

 すでにホームで停車中の列車に俺たちは乗り込んだ。

「グリーン車だからな、間違えんなよ」

「おいおい、禁煙だろ、金やん」

 俺は言ってやった。まったく金やんといい、梅田といい、喫煙率が高すぎる。

「うほっ、なんだよ、ガラ空きじゃんかよ。もったいなくね?」

 はしゃいでいる火原先輩。

「火原さん、なんスか、その袋……」

「だいじょうぶ、オヤツは500円以内だ」

「……300円とかじゃねーんですか。そのフレーズは」

「今時の食糧事情を考えろよ、土浦。足りるわけ無いだろ、300円じゃ」

「うまい棒買えますよ」

「バカヤロ! うまい棒だけじゃねーだろ、オヤツは!」

「あー、うるせーうるせー。おまえら、ホントいいかげんにしとけよ」

「先生、僕たちの席はこちらですよ。火原、土浦くんも」

 柚木さんが、にこりと微笑んで言う。いやもうホントににっこりと。とりあえず、サタンの隣に座ることにならなきゃ、誰とでもいい。

 教師共は、ごくあたりまえのように、隣り合って座ってしまう。生徒にはおかまいなしだ。引率者としてどうなのかと思わないでもないが、俺はこういうタイプのほうが、鬱陶しくなくて助かる。妙に、生徒とコミュニケーションを取りたがる教師はウザイ。

 そして、女子は女子同士、とっくに隣の席でおしゃべりに興じている。古今東西、この年頃の女とはこういったものなのか。

 

「……土浦先輩、一緒に座りませんか?」

 これまたにっこりと笑って、志水が言う。こいつは小動物のように人なつこい。それもなぜか、デカくて、女どもにさけられる俺のようなヤツに妙になついてくる。

「あ、ああ」

「すみません。僕ちょっと疲れちゃって……」

「おいおい、ほら、早く座れ。できたら、眠っちまったほうがいいな」

 俺は言った。弱々しそうに微笑む志水を俺は放っておけない。

「じゃ、月森くん、座ろうか」

「え、いえ、俺は……あの、どうぞ火原先輩と……」

「火原は、女の子たちと一緒のほうが楽しいみたいだよ」

 ちゃっかり、冬海&日野席に陣取っている火原先輩。あなどれない。

「は、はぁ、でも、俺は……その……」

「どうしたの? 顔色がよくないよ?」

 柚木さん、攻勢だ。

 月森は、本気で困惑しているのだろう。もっとも、男にそういう意味合いで「好き」と好意を向けられたら、腰が引けるのもうなずけるが。もっとも男だ女だという前に、サタン相手では、だれでも及び腰になるだろう。俺でもなる。

「い、いえ、ただの寝不足だと思いますから……」

「そうなの? だったら、リクライニングにして休んでいたら? さ、月森くん」

「…………」

 ……ヤバイか?

 ……ヤバイよな、やっぱ、ここは。

 

「おい、月森、ちょっといいか?」

 俺は声をかけた。月森の顔がパッと明るくなる。

「な、なんだ、土浦。あ、ああ、柚木先輩、失礼します」

 柚木さんは、眉一筋くもらせず……いや、むしろ、俺の助け船を楽しむように、にやりと妖しい笑みを浮かべた。やれやれというように、ひょいと両手を上げ、簡単に引き下がる。

「じゃ、志水くん、よければどうぞ」

「……はい」

 志水もおとなしく彼の隣に腰を下ろす。志水はけっこう柚木さんと親しいらしい。この外見だ。サタンが気に入るのも然りといったところだ。

 

 ……どうも安心できないが、この場は凌いだことになるのだろう。

「あ、あの、土浦……」

「ほれ、そっち、奥に座れ。窓際のほうがいいだろ」

「え、あ、ああ」

「気にすんな。目に付いたから、声かけただけだ」

「……す、すまない」

「いいっつーの。寝不足なんだろ、いいから休んどけよ」

 ついつい、無愛想な言い方になる。別にこいつのことが嫌いなわけじゃないが、柚木サン相手にオドオドしている姿を見るのは、あまり気分のいいものではない。

 

「……なにか、怒っているのか?」

「は? 別に? なんでだよ」

「……口調が……そのきつい感じだから……なにか気に障ることをしたのかと……」

 まずい。さすがに物の言い方がよくなかったらしい。自分ではそんなにひどい物言いをしているとは思わないのだが、女どもに言わせれば、ただでさえおっかなく見える俺である。ここは注意が足りなかったようだ。

「そんなことねぇよ。いいから、ほら、寝ろ。着いたら起こしてやるから」

「……ああ、すまない」

「隣に座ってるから、なんかあったら言えよ」

「……わかった」

 おいおい。これから出発するんだぞ? そんなにテンション低くてどうするんだよ。

 ……まぁ、コイツの場合、俺と違って枕が変わったら眠れないタイプなんだろうし、共同生活に到底なじめるキャラクターじゃない。いろいろ不安もあるんだろう。

 

 だが、それにしても……最近の月森は何となく雰囲気が変わった。考え事をしていることが多くなったし、物思いに耽っていることが増えた。

 他人と積極的に関わりを持とうとしないのは元々だが、以前はもっと張りつめたピアノ線のような強さがあった。

 そんなことを考えている間に、となりの月森がリクライニングを動かして、横になる。この時期、グリーンに俺たち以外の乗客なぞ、ほとんど居やしない。完全に横倒しにして、寝ちまえばいいと思うのだが、さすがにそれじゃ病人だ。

 

「うおーい、土浦、あれ、月森くん、寝ちゃったの?」

「うっさいスよ、火原先輩。起こさないでやってください」

「なんだよー、オマエ、俺が女の子チームにモテるからって、妬いてんだろ」

「……あー、はいはい。そうですね、それでいいですよ」

「なんだよもぉ〜」

 ぶすっと頬を膨らませて、今度は柚木さんと志水を襲撃に行った。まったく落ち着きのない先輩だ。

 まぁ、月森も、実際合宿が始まっちまえば、気が紛れるだろう。何の考え事かは知らないが、人間、頭ン中で、ぐだぐだ考えても、答えなんて出やしない。考えて答えが出ることなら、最初から自分の気持ちは決まっていたんだ。ただそれを確信するために、人間は同じ事にくり返し思考を巡らせる。

 なんにせよ、産むが易し……行動あるのみだ。

 ……って、月森が何をしたいのかは全然わからないわけだが。

 

 そんなこんなで、夏合宿が始まる。

 このときはまだ……あんなすごい体験をするとは思ってもみなかったのだ……