真夏の夜の夢<5>
 
 
 
 
 

 

 

 

 

 

 月森の部屋を出た後、一旦自室に戻って、パーカーを取ってくる。

 せっかくだし、そこらを一回りしてこようと思ったのだ。

 今回の客演演奏は、コンクールなどとは主旨が異なるわけだから、個々に練習をすすめ、頃合いを見計らって合奏するのだ。指揮者は金やんだし、正直俺はまったく気負ってはいなかった。

 それよりも、火原先輩や日野たちはともかく、音楽科の面々と合宿というシチュエーションのほうが、遙かにストレスであったのだ。

 サタン柚木先輩に、ちょっと難しい後輩の志水、そして難しいなんてレベルじゃない、『難解』な月森だ。何事も起こらず、なんのトラブルも発生せず(音楽上のことでやり合うのはまったく構わない)、無事帰途につけるか……それが最重要事項であったのだ。

「……とはいってもな」

 ひとりをよいことに、俺はボソリとつぶやいた。

 せっかく、軽井沢くんだりまでやってきたのだ。目線を巡らせば、ほら、そこには夕暮れの浅間山。なんてのどかで清涼な風景なのだろう。楽器練習も兼ねた、避暑地での『夏期休暇』を楽しまない手はなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 小綺麗なエントランスを抜け、俺は山荘の外に出た。

 金やんと保険医の梅田が、ダイニングで茶を飲んでる。こっちに気付いたらしく、手を振ってきたので、俺も軽く手を上げた。

「おーい、土浦。出掛けんのか?」

 と金やん。

「あ〜、まーな。いきなり練習って気分にもなんねーし」

「そんならマッタリ茶でも飲んでりゃいいものを。ったく若い奴ってのは」

「あんたらと一緒にすんなや。せっかく軽井沢くんだりまで来たんだぜ。練習は明日からだ。ちょっとそこら散歩してくる」

 ヒラヒラと手を振ってそう応えた。

「おい、土浦、月森の様子はどうだ?」

 そう訊ねて来たのは、梅田のほうだった。

「あーん? 気になんなら、アンタが面倒見てやりゃよかったじゃんかよ」

 見透かしたような物言いが不愉快で、ついそんな突っ慳貪な言い返しをしてしまった。

「いや、俺も声は掛けたんだけどな。どうも、あいつはおまえが側にいてやった方が、調子がいいようだからな」

「キモイっつーの」

 話は終わりといったように、俺はその場からさっさと踵を返した。

 梅田の野郎は、同性の恋人が居るらしい。まぁ、別にどーでもいいことだ。人それぞれ、趣味嗜好はあるのだし、他人の俺が口出しすることではないと思うから。

 だから、さっきの「キモイ」いうのは、ほとんど当てつけの嫌みで、別に本当に気味が悪いと思っての発言ではない。そこを誤解されたくはないのだ。

 山荘は浅間山に大分近い場所にあるのだが、このあたりは、いわゆる観光地化した『軽井沢』ではなく、昔ながらの荘厳な雰囲気がある。

 俺たちの宿泊所も、建物自体は大分古めかしく、内装もなかなか凝っている。利便性優先の家電関係は新しいものに、その都度取り替えているので、多少の違和感はなきにしもあらずだ。

 庭というくくりは明確にないが、おそらく所有地であろうとおもわれる範囲もずいぶんと広い。

 確か、少し歩いたところに渓流があると言っていた。

 普段見ることのできない景色に、「ああ、軽井沢に来たんだ……」と実感が沸いてきたところだった。