真夏の夜の夢<6>
 
 
 
 
 

 

 

「あっれー、土浦、なにタソガレてんの? オヤジ?」

 ……せっかくよい気分で、暮れなずむ風景を楽しんでいたのに。

 やんちゃで大きな声は火原先輩だ。

「ちょっ……気分壊さないでくださいよ、火原先輩。せっかく軽井沢まで来たんだから、のんびりしたいトコでしょ」

「若者は遊ばなきゃッ!」

 ……遊ぶって……こののどかな避暑地でどう遊ぶっていうんだよ。まさか小学生のガキのように鬼ごっこだのかくれんぼだのをするというわけにもいかないだろう。

 やれやれと額を押さえたくなったところ、火原さんは俺の腕をぐいぐいと引っ張った。

「土浦、ちょっと……!」

「は?」

「なっ! こっち! こっち! 面白いもんみっけたんだよ!」

 ぐいぐいと動きの鈍い俺を引っ立てるようにする。

「俺はさー、全然やったことないからさー。誰かできそうなヤツいないかなって捜してたの」

「はぁ? なんスか?」

 アンタは子供かッ!と言いたくなるが、これも付き合いだ。

 タカタカと走り出した火原先輩の後に続いた。……そういえば、火原先輩は大家族の末っ子ということだ。俺は長男……だからだろうか。なんとなく上手くかみ合うのだ。

「な、土浦、弓道ってやったことある? 柚木にも聞いてみたんだけど、観戦はあるけど、実際に弓を引いたことはないって」

「ああ、俺、中坊まで武道場に通ってたから。多少は」

「うそッ! マジで!? おまえってかなり多芸だよなッ!」

「姉貴の影響ッスよ。大学でも続けてますから」

 ちょうど館の裏手側になるあたりに、野外にしては丁寧なつくりの場がしつらえてあった。さすがに長さは近的競技であったが、三色的は手入れを施されているらしく、外にあってもすすけたりなどしてはいなかった。

 

 

 

 

「ほらっ!ほらっ!」

「え……」

「ほらっ、これ! 新しくて綺麗だよね。こんなものまで置いてあるなんてすげーや」

 ぐいぐいと弓を俺に押しつける火原先輩。

 どうやら、ここで射てみろというのだろう。確かに野外道場としての体裁はととのっているが……

「いや……先輩、弓掛もないでしょ。それに最近やってないッスから無理ですよ」

「ユガ? なに、それ?」

「弓掛、ユガケ、ですよ。右手につける手袋みたいなもんですけど」

「ええ〜ッ!? 手袋ならなくてもいいじゃん! ほらっほらっ! 矢も借りてきたのに!」

 ……うちの弟より幼い感じで火原先輩がねだった。

 まぁ、確かに弓掛がなくちゃ射れないというわけではないが。

「じゃあ……上手くいくかわかんないスけど」

 しぶしぶ弓を受け取った。

 いわゆる和弓のことで、長さはけっこうある。確か、2m20pくらいだったか。だから俺の身長よりも長いし、ここに置いてあるのは竹で作られたものだ。最近はグラスファイバーなどが出回っているが、やはりこいつが一番いい。

 もちろん重さもそれなりにあるのだが……

「うわ……そうやって構えると長っげぇ……」

「でしょー。案外重いんスから」

「でも、なんか、らしく見えるよ! つっちー、格好いい!」

「茶化さないで下さいよ。先輩の頼みを聞いてやってんスからね」

 軽口を聞くのはここまでだ。

 いくらお遊びとはいえ、どうせやるなら本気で行きたい。

 もっとも、弓を握るのは本当に久々なのだ。正直自信はなかったのだが……

 

 ギリギリと弦を引き呼吸を止め、一瞬の間隙の後に放つ。

 三枚の羽のついた矢が、空を切りタンと小気味よい音を立てて、的に吸い込まれていった。

「ん〜、二の白巾か……まぁ、久々にしちゃ悪くないかな」

「…………」

「まぁ、こんな感じス。どうでした、火原さん」

「…………」

「先輩?」

「すっ…………」

「……?」

「すっ……げェェェェ! う、うそッ! 本当に当たった!! この距離からッ!? 三十メートルはあるよな!? 的、あんなに小さいのにッ!」

「あー、ここは近的競技用みたいですから……えーと、確か射距離が28m、的直径一尺二寸かな」

「すっげェェェ! もっ一回ッ! もう一回やって!!」

「もうダメすよ。緊張解いちゃったから。弓道は特に気持ちの集中が必要なんでね。……まぁ、音楽と一緒ッス」

「そ、そっか〜! でも、すごかったよ、土浦、マジでソンケーした!」

 息づかいも荒く火原先輩は言い募った。

 本当に興奮しやすい人だと思うが誉められるのは悪い気はしなかった。もう一回もう一回と騒ぐのを適当に宥め、後の時間はそこらをぐるりと散歩して館に戻ったのだ。

   

 その日はそのまま時間が過ぎたのだが……

 

 晩飯のとき。

 幸いにも持ち直した月森が同席できたのはよかったと思っていた。

 だが、お調子者の火原さんは、この日の俺の武勇伝を身振り手振りを加えて大々的に宣伝してくれた。そのおかげで、合宿中に一度くらいは皆の前でお手前披露……という約束を無理やりさせられてしまったのだ。

 ウンザリとしたところ、たまたま目があった月森に、物言いたげな冷ややかな眼差しでにらまれる。

 ……いったい俺が何をしたというんだッ!!

 

 そんなこんなで第一日目は、マッタリと更けていった……