真夏の夜の夢<11>
 
 
 土浦 梁太郎
 

 

 

 

翌日。

連日の練習から解放された俺たちへのご褒美なのか、気持ちの良い晴天だった。

軽井沢の……それも浅間山に近い場所だから、平地よりは遙かに過ごしやすく、肌寒いくらいの気候なのだが、今日に限っては、しっかりと『真夏日』になっていたのだ。

 

 午前中はだらだらと過ごし、少し早めの夏休みを満喫した気分になった。(練習がないので、けっこうみんな寝坊していたのだ。金やんに至っては、昼飯に合わせて起きてくる始末だ)

 昼飯には全員そろい、後数回しか食えない、おばちゃんの手料理に舌鼓を打った。

 別に意識していたわけではなかったが、月森もそれなりに食べていたようでちょっと安心した。

 それにしても加地ってヤツは、世渡り上手だ。ああ、いや、この言い方だとマイナスイメージが強そうだから、取り消そう。

 どこへいってでも、人と上手くやれる才能を持っているヤツなんだと思う。でも、へらへらとへつらうカンジじゃなく、物言いはむしろ明確で飾り気がない。よくよく見てれば、上級生とのやりとりもスムーズだし、それにまったく無理がない。

 いってみりゃ、月森と正反対のタイプだ。

 二学期以降、こいつが普通科に入学してきても、いい友人づきあいができそうで嬉しく思った。

 

「おーい、土浦! おいってばァ〜!」

 ソファでのんびりと食後のコーヒーを楽しんでいた俺に、窓の外からお呼びがかかる。

 案の定、火原先輩だった。なんつーか、ホントに落ち着きのない人だ。みれば、加地と志水が一緒で二人とも笑みを浮かべていた。

 ……いやな予感がする。

 なんかもうこういうのって、本能みたいなもんだ。 

「土浦ってば! 約束約束!」

「なんスか?」

「弓、もう一回見せてくれるって言ったじゃん! 加地くんたちも見たいって!」

 猫のようにアーモンド型の瞳をらんらんと輝かせて、「お願い」してくる先輩…… 

「いや、ちょっ……この前当たったのはまぐれッスよ」

「……土浦先輩にまぐれってあんまりないです。僕も見たいです」

 抑揚のない口調でだが、はっきりと明言してくれる志水。

 そりゃ、弓道やってたのは事実だし、好きで続けていたのだから、別に弓を射るのが嫌なわけではない。ただ、見せ物みたいに取り巻かれると……ちょっと引く。

 それにやっぱし、失敗したら恥ずかしーじゃんか!

「土浦〜! 早く早く! だって今日しかチャンスないんだよ!」

「そうですよね、明日は朝から、みんなでバスに乗るわけですから」

 と加地。

 そうなのだ。明日は朝食後、すぐに帰宅という段取りになっている。行きと違ってマイクロバスで、家まで送ってもらえるのは非常にありがたいのだが……

 

 

 

 

 

 

「へェ、土浦くんは、弓道の心得があるのかい? それは初耳だな」

「げっ……サタ……じゃねェ、柚木さん!」

「奏でる音色もすばらしく、また武道にも通じているとは……とても素敵だね」

「あ、いや、違うんスよ! ただ、姉貴の影響でちょびっと触ったくらいで……」

 必死に抵抗する俺に、サタン柚木は、

「それは是非、僕も見てみたいものだ」

 と宣った。

「いや、もう、そんな、俺なんて全然たいしたことないっつーか、人様にお見せできるような腕じゃないっつーか、もうしょせん、庶民っつーか……」

 訳のわからない言い逃れをする俺。それなのに、サタン……もとい柚木先輩は、聖母マリアのような穏やかな笑みを浮かべて、

「そんなに謙遜しなくてもいいじゃないか」

 とさらに言葉を重ねる。女みたいに長い髪をさらさらってかき上げて……あー、ダメだわ、やっぱ、俺、この人…… 綺麗な男がいけないってんじゃなくて、そこを意識しまくりのこの手のキャラって、悪いけど苦手を通り越して、キ、キモ……気持ち悪ィ……

「土浦くんのスポーツ万能はよく聞いているし、本当にすばらしいことだと思うよ」

「いやいや、俺なんてもう、ただのつまんない男ッスよ」

 身を乗り出してくる柚木さんに、俺は見合いの断りのようなセリフで応じた。

「さぁ、行こうか、土浦くん。みんな待っているみたいだよ。ほら、女の子たちもいるし」

 最悪だ。

 ぶっちゃけ俺は女が苦手だ。

 あ、いや、違うからね、コレ。女が苦手っつーのは、男の方が好きとかそーゆーんじゃくて。

「ほらほら、ぶつぶつ言ってないで、表に出ようよ。今日はいい天気だし、きっと気持ちよく弓が引けるよ」

 ああ、もうここまで言われては逆らえない。

 なんせ相手はサタンだ。テキトーに恥をかけば、彼の好奇心も満足させられるだろう。上手く受け流せない月森を見ているよりは遙かに気持ちは楽だ。

 当の月森は、なんせ向かいのソファに座っているのだから。なんとなくこちらのやり取りを気にしつつ、音楽雑誌を眺めていた。

 おまえは気にするな、という意味を込めて、俺はちらりと月森に目配せを送った。

 

 だが……

 その俺の目線をどう取ったのか、月森のヤツは、ここしばらく見たこともないようなキリリとした表情になると、しっかりと頷いて見せたのだ。

 まるで、「まかせろ!」というように……

 引き締まった横顔には生気があふれ、非常に『漢らしく』見えたほどであった。

  

 え……? 

 あの……なに……?

 なんか誤解してねーか、コイツ。

 

「柚木先輩、俺もご一緒させていただいてよろしいでしょうか?」 

 凛とした声で言い放つ月森。

 そして、こちらを見て『大丈夫だ』というようにもう一度頷いた。

 あのッ……コレッ、違うから! 今の目線は全然そういう意味じゃなかったから!

 ヘルプミーとか言ってないんだから! むしろ、おまえに矛先が行かなくてよかったと思っていたところなのに、なぜわざわざ飛んで火にいる夏の虫になっちゃうの、こいつは!!

 柚木さんとはなるべく一緒にいるな!と、以前話したじゃねーか。

 俺は別に助けを求めておまえを見たわけじゃねーんだよ! むしろ関わりになるなという意味合いで……

 

 ……と、心の中で叫んでみても、それはもう後の祭りだった。

 月森は一緒に行く気満々で、勢いよくソファから立ち上がっていたから……

 

 ……頼むよ、月森…… 空気読もうよ……