真夏の夜の夢<12>
 
 
 土浦 梁太郎
 

 

 

 

「あー、柚木ィ〜、月森くんも来たんだ〜。つっちー、大人気だな!」

 火原さん……アンタって人も、ホンット空気読まないよね。人の思惑とかまるっきり考えてないし…… まぁ、そこがいいトコでもあるんだが。

「ああ、せっかくの機会だし、是非拝見したくてね。僕も弓道の知識はそれなりにあるつもりだから。とはいっても観戦専門だけどね」

 そういって柚木さんはチャーミングに……そう、ツラだけ見てれば、本当に可愛い感じで笑った。

 会話に混じりたくなくて、足早に弓道場に向かって歩き出したが、そんな俺の腕を取ったヤツがいた。

「……土浦、大丈夫か!」

「……月森……」

 ほとんど脱力しかかりつつ、俺は面倒ごとの中心人物の名を呼んだ。

 いや、「大丈夫か」ってオメーが大丈夫かよ!?

「安心してくれ。俺が側についている!」

「いや、あのな……」

「さすがに柚木さんだとて、これだけ周囲に人がいれば、おかしな真似はしないだろう」

 ……いや、だから、彼がおかしな真似をするのは、おまえに対してだろうがよ!

「あー、あのよ、月森、おまえ、何か誤解してねーか?」

「……?」

「別にあの人は俺のことなんて、ただの目障りな後輩くらいにしか思ってないはずだぜ」

 さすがにはばかられるので、低い声でそっと告げた。だがそんな俺の気遣いを無碍に、月森は高らかにのたまった。

 まさしく愚鈍な俺に『意見する』といった様子で。

「やれやれ、困ったものだ。君は周囲のことがきちんと見えていないようだな!」

「シーッシーッ!」

「気にすることはない。彼は今、加地くんと話をしている」

「いやいや、他の連中だっているだろうがよ」

「とにかく、君は己について無頓着だ。正確にいうのならば、君という存在を特別に好もしいと感じ、側に寄ってくる人間に対してとりわけその傾向がある」

 できの悪い生徒に教授するように、噛んで含むように、そう言う。何なんだよ……何が言いたいんだよ……

 

「い、いや、あのな……月森……」

「昨日の志水くんの件にしたってそうだ」

 俺の言葉を遮り、月森はビシッと切り返してきた。。

 なんなの、コイツ。最終日に何こんなにイキイキしてんの……?

「先輩が後輩を気遣ってやるのは、すばらしいことだが、彼は毎日あの楽器を持ち運びしているはずだ。それなのに、敢えて力ない弱者を演じていた」

「お、おい、よせって……」

「それにも気づかず、懇切丁寧に気遣ってやっては、うれしく感じると同時に、分不相応な感情を君に対して抱く危険性がある」

 危険性って……

「いや、あの、なんだよ、分不相応な感情って」

「言葉どおりだ。君に対し、先輩に対する好意以上の感情を抱くという意味合いだ」

 またもやとんでもないことを言い出す月森……

 ……以前もそんなことを言っていたが……ありえないっつーのに。

「まぁ、待てよって。あのさ、おまえ、ちょっと飛躍しすぎだろ」

「土浦、だから君は……」

「まぁ、聞けって。確かにちょっと柚木さんのおまえに対する執着はフツーじゃないって感じるけどさ。志水は俺に対して全然そんなんじゃねーし。俺みたいにブコツな野郎は、女だって近寄ってこねェぞ」

「そうか。それは好ましいことだ。女性が良くないというわけではないが、けたたましく慎みのない女子生徒が君の側をうろつくのは不快だろう」

「いや、別に一言も……」

「おーい、土浦ァ、月森くんも早く〜!」

 焦れたような火原先輩の声にせかされて、俺たちは足を速めた。

 その間、まるで俺を守るように、柚木さんと俺の間をしっかりと、月森がガードしていた。

 ……月森、その位置取りじゃ、おまえのほうが柚木さんの側になるじゃねぇか……

 こいつってば、本当に人の話聞いていたんだろうか?

 

 

 

 

 

 

 ダンッ!

 と、威勢の良い音がはじけ、弓矢が的に吸い込まれる。

「二の黒巾!」

 加地が、テノール歌手にでもなれそうな、良く通る声で判定を告げた。

 あ〜、よかった。今日はわりと調子がいいようだ。

 昔取った杵柄じゃないが、案外体が覚えているもんだなと感じた。

 

「はい、次、ラストな〜」

 そう声をかけといて、ぐっと弓を引く。

 無駄な力を抜き、心を沈めて……そう、柚木さんだとか月森とか、そーゆー面倒くさそうな連中のことは脳裏から追い出して……

 

 ダンッ!

「一の黒丸! 的中ッ!」

「おっしゃーッ!」

 思わず快哉を叫んでしまった。

 さすがに、ド真ん中の的中はなかなか出せない。

「ヒュゥ! やるぅ〜! つっち−!」

 おちゃらけた声は金やんだ。なんだよ、暇もてあまして見に来てんのか?教師のくせに。

 だが、居合わせた皆に大きな拍手をもらって、俺はちょっといい気分になっていた。女の子たちや火原さんはもちろん…… あの気むずかし屋の月森が、惜しげもなく拍手してくれたのがうれしかった。

 ま、楽器の演奏をしたわけじゃなかったんだけど。

 それでも、月森に認めてもらえるのは心地いい。やはりどこかで、俺はヤツのことをライバルだと認識しているのだと思う。

 子供の頃、絶望的な敗北感を抱かされた相手だったから。

 

「あー、どーもッス。ども!」

 ぺこぺこっと拍手におじぎで返して、俺は弓を仕舞った。

 なんでも、こいつは去年の弓道部の連中が置いていった代物だというのだ。よく見ると『星奏学園』と小さく掘ってある。

 学校用のものだし、弓矢も一緒に持ち帰るとしても、明日、迎えに来てくれるマイクロバスになら余裕で積めるだろう。

「えー、もう終わり〜ッ!?」

 と、火原さん。ホント、子供かっつーの。

「アハハハ、無理言っちゃダメですよ、火原先輩。弓道ってすごく神経集中するから」

 と、絶妙のフォローの加地。

「あ、そっか。そういやこの前も土浦にそう言われたっけ」

「そうですよ。さ、そろそろ中に戻りましょう。シャワー浴びたら、お茶にしましょうよ」

「うん!」

 元気よく返事をし、今度は先頭切って屋内に走り戻る火原先輩。

「サンキュ、加地」

「え? あはは、別に。それにしてもすごいね、土浦。見ていて興奮したよ」

「大げさだぜ。おまえだってけっこうやれるんだろ」

「うーん、多少はってところだよ。でもねェ、けっこう俺ってあがり症なんだ。ギャラリーがいるとしくじるタイプ」

 と、加地は苦笑しつつ髪を掻き上げる。

 さらさらの髪から、ピアスをした片耳がのぞいているのが、妙に色っぽく感じた。あ、全然そう言う意味じゃなくって。

 ぶっちゃけ、俺は男が光り物とかしてんのは好きじゃねーんだが、コイツにはよく似合っていると感じたのだ。

「肝心なとこでミスるんだよね〜、俺」

「うそだろ?全然そんなふうに見えねェ」

「よく言われるけどね。さ、俺たちも戻ろうよ。喉渇かないか? 土浦」

「お、おう」

 さりげなく周囲を見回すと、仏頂面の月森。

 むっつりと押し黙ったまま、俺たちの後を付いてくる。なんか子泣き爺テイストに、びったりと。

 柚木さんは女の子の相手をしているので、とりあえず一安心なのだが……

 

 なんだよ……何なんだよ、今度は。会話に入ってきたいならそうすりゃいいじゃねーか。

  あー、そういや、コイツ、俺が弓を射ているとき、さりげなく柚木さんからの視線を遮ってくれたっけ。もちろん見るのを邪魔したりはしていなかったが……

 

 ……なんつーか、ホンット、音楽科の連中は面倒くせーッ!!