真夏の夜の夢<13>
 
 
 土浦 梁太郎
 

 

 

 

「どうも、お世話になりました!」

 俺たち合宿チームは、皆揃って頭を下げた。

 もちろん、この別荘を管理してくれている人たちへ。

 とは言っても残念ながら、おじさんは買い出しで朝方に出てしまっているから、会うことは出来なかった。まかないのおばちゃんは「またいつでもこい」と、少し寂しそうに微笑みながら俺たちを送り出してくれた。

 

 予定よりも少し早めの時間の出発となった。

 本当なら朝食を九時頃、十時過ぎには出発しようと言う段取りだったのだが、今は午前九時過ぎ。一時間程度の前倒しになっていた。

「うわァ、なんか降って来ちゃったけど……」

 火原先輩が、窓の外を眺めながら眉をしかめた。

 そうなのだ。

 昨夜なんとなく気圧が下がったような気がした。ベッドで横になっていても感じたのだから、他にも気づいたヤツはいるだろう。

 案の定、今朝は朝っぱらからぐずついた天気で、シトシトと陰気な雨が降っていた。火原先輩が言ったのは、その『シトシト』が土砂降りになってしまったということだ。

「おい、金やん、荷物積み終えたんだろ。もう出ようぜ。梅田も呼んでこいよ」

 低血圧の校医を急かすよう声を掛け、俺は小さなボストンを抱えて、マイクロバスに乗り込んた。

「土浦〜、ひどい天気になっちゃったな」

 俺と同じくらいの軽装の加地が、うんざりとした様子で声を掛けてきた。

「ああ、まぁ、今日は帰るだけだからよ。ええと、忘れ物の弓も積んでやったし……なんだ、これゴムボート?」

 一番後ろの座席の奥に、荷物の置けるスペースがあるのだ。

「あー、練習ばっかでボートにも乗れなかったなぁ」

「おまえ、のんきなヤツだな、加地。ま、その分、合宿の成果はあがっていると思うぜ」

「……土浦、加地。邪魔だ。座席についてくれないか」

 ぴりぴりとした様子で、月森が声を掛けてきた。

 相変わらずクソ難しいヤツだ。ま、悄然としているより、これくらいエラソーなほうが、こいつらしくて安心できるんだが。

 

 女の子たちもバスに落ち着いたし、これで長くて短かった合宿が終わる。

 無愛想でけんつくなのは、相変わらずだが、月森もようやく帰れるということで元気が出たのだろう。朝食もそれなりに食べていたし、今もわりと元気そうに見える。

 さっさと窓際の席に着くと、ごく当然というように、俺に隣に座るよう促した。

「いつまでも突っ立っていると邪魔だから早く座れ」

 という言葉で。

「おいおい、月森。そんなに苛立つ必要はないだろ。後は家に戻るだけだぜ」

「……わかっている。だが、嫌な天気になったな」

 彼は独り言のようにつぶやいた。

 その点については全くだ。

 まるでバケツをひっくり返したような土砂降りのおかげで、合宿所の出口から、このマイクロバスに乗り込む間だけでも、けっこう濡れてしまったのだ。

 バスのエアコンも調整されているし、風邪を引くことは無かろうがいい気分ではない。

「おーい、おめーら、出発すんぞ〜」

 という、金やんの声で俺たちは10日ばかりを過ごした合宿所を後にした。

 

 

 

 

 

 

 ザアァァァァー ドザァァァー……

 窓を打つ雨の後がうるさいほどだ。

 学園の運転手は、丁寧に丁寧に車を進めている。それくらい注意せねばならない雨脚になっていたのだ。

 おかげで時間はかかってしまっているが、なんとも致し方がないと感じた。

「おい、月森。苛つくなよ」

「……わかっている。だが、まだ山の麓にすら着いていないんだ。街に戻れるのは一体何時になるのか……」

「なんだ? 便所か?」

「違う!」

 ご丁寧にトイレ付きのマイクロバスなのだ。その道を譲ろうと、腰を浮かし掛けたところを怒鳴りつけられた。

 ああ、ほら女の子たちが、不安そうにこっちを見ているじゃないか。大声出すなよ。

「この雨だし、山道は急だろ。スピードが出せないのは仕方がないよ」

 後ろ座席に座っていた加地が声を掛けてきた。

「……わかっている」

「ただ……ちょっと気になるのはこの先の難所だよね」

 女の子や一年に声が聞こえないように、加地はつぶやいた。

 そうなのだ。俺もずっと気になっていたんだ。行きにも通った吊り橋のところだ。

 ちょうど麓から、山道に入り込むところに橋が架かっていた。

 ただ、難所といっても、ものすごい渓流に橋が渡されているわけではなく、ごく普通の川に橋が架かっていただけだ。

 行きなどは晴天に恵まれていたせいか、まったく気にも留めなかった。景色が良い場所だから、車窓から外を眺めはしたが、その程度の認識だと思ってもらえればいい。

 だが、この雨と風……のんびりと流れていた水面も、行きと同様というわけにはいかないだろう。

 橋に浸水していることはなかろうが……いや、よそう。

 よけいなことは考えないほうがいい。俺の悪い予感ってェのは無駄に当たりやがる。

 クソッ!行きはあんなに盛り上がっていたのに、今は葬式みてーじゃねェか!

 金やんも梅やんも黙り込むなっつーの!

 

「土浦……」

「な、なんだ?」

 月森に急に声をかけられ、はっと正気に戻る。窓側に座った彼の顔を見ると真っ青になっている。

「……土浦……」

「な、なんだよ、気分悪いのか? もうすぐ麓の近くの橋へ着くから、そいつを渡っちまえば、もう大丈夫……」

「違う……」

 彼は俺の言葉を低く遮った。色白の頬が青くそそけ立っている。

「どうしたよ? 車酔いか? ちょっと……椅子倒すか?」

「か、感じないか、土浦……?」

 彼の、やや薄めの口唇が、細かく震えている。

「な、なに……?」

「地鳴りがしてる……」

 月森のつぶやきと同時に、大地が咆吼した。