真夏の夜の夢<14>
 
 
 土浦 梁太郎
 

 

 

 

 この音をどう書き表せばよいのだろう。

 ドォン!という爆発音……というのが、一番近いかも知れない。

 まさしく、俺たちのバスは、爆破されたように吹っ飛んだのだから。

 

「きゃあぁぁ!」

「うあぁぁ!」

「柚木ッ!」

「先生ッ!」

 いくつもの声が飛び交う。

 俺は舌を咬む危険性から、敢えてぐっと歯を食いしばり、そのまま月森を抱きかかえて、通路側に倒れ込んだ。

 窓際は、割れたガラスの破片が飛び込んでくると思ったから。

 バスが横転したかと感じられるような衝撃だったが、とりあえず、天井はちゃんと頭上にあり、床板は足下にそのまま在った。

 

 巨大な爆音の後に、数回、ズシンズシンと低い地鳴りが続いた。

 まるで地獄から、追い立てを食らったかのような、恐ろしく不気味で陰鬱な響きだった。

 

「げほっげほっ!」

 胸を倒れた座席板に打ち付けてしまい、俺は大きく咳き込んだ。

「つ、土浦……き、君……」

「げほっげほっ! だ、大丈夫だ。ちょっと噎せただけだ」

「土浦……」

「まだだ、動くな!破片が飛んでくる。身体を起こすな、月森」

「…………」

 女の子たちは大丈夫だろうか……? 志水は? 加地の野郎は、俺と同時に伏せてたから、たぶん平気だろうけど……

 教師陣は、自力で身を守れ!

 

 ようやく地響きが収まり、皆の呼吸音が聞き分けられるようになってから、そっと頭を上げてみた。もちろん、とっさに抱え込んでいた月森も解放した。

「ふーッ…… おい、みんな無事か?」

 俺はまずそう声を掛けてみた。救急箱は……保険医の梅田が持っているはずだ。

「あ、ああ……痛ったァ。おでこ打ったよ、土浦」

 のんきな加地の声で、大分気持ちが落ち着いた。教師陣も、ちゃんと女の子連中を庇ってくれたらしく、ひどい怪我をしている者はいなさそうだった。

「月森、大丈夫か?」

 怪我はなさそうだが、ショックが大きかったのだろう。彼は今にも卒倒しそうなほど真っ青になっていた。

「つ、土浦…… き、君……怪我は……? て、手は……?」

「え、あ、ああ、なんともない。膝は擦り剥いちまったがな」

「い、痛むか……? どうして、俺を庇ったり……」

 眉をひそめて苦情を申し立てる月森。おいおい、不平をいわれる覚えはないんだが。

「いや、とっさだったからな。窓際はガラスが飛んできて危ないと思ったから」

「だ、だからといって……君だって……」

「とにかく俺は大丈夫だ。落ち着け」

「あ、ああ……わ、わかった……わかって……る……」

 気が動転しているのだろう。彼は俺のことをひどく心配してくれている様子であった。怯えている風にも見える月森に、俺は少し柔らかい口調で言葉を重ねた。

「とにかく、もう大丈夫だ。俺もかすり傷だ。それに礼を言われるようなことでもないぜ。勝手に身体が動いていたからな」

「土浦……」

「よし、おまえはむやみに動くなよ。しばらくそこにじっとしてろ」

「つ、土浦……き、君は……どう……」

「いいから、動くな。他の連中の様子を見てくる」

 月森にそう言い置いて、俺は他の連中の具合を調べに回った。冬海を抱えた梅田のダメージが一番ひどそうだったからだ。

 

 

 

 

 

 

「梅やん。大丈夫か? おい、金やん、手ェかせや」

「いや……大丈夫だ。お嬢ちゃんは怪我ないか?」

 冬海はほとんどパニック状態になってしまったのだろう。ボロボロあえぐように泣いてしまっていて、今は日野が抱きしめて落ち着かせていた。

 見たところ、女の子二名は教師が頑張って守りきったらしかった。乱れているのは髪くらいで、出血や打ち身などもなさそうだった。

「冬海! 冬海! しっかりしろ! おまえ、怪我ないな!? どこか痛むとろはないか?」

「つ、土浦先輩…… ご、ごめんなさい、ごめんなさい」

「いいんだ。謝る必要はないだろ? 怪我はないな? 痛くないな?」

 幼稚園児に訊ねるように、俺は同じ質問を辛抱強く繰り返した。

「は、はい……私はどこも……なんとも……ないです。で、でも、せ、先生が……」

「ああ、梅やんは大丈夫だ。軽い打ち身だからな」

 冬海を安心させるために、やや軽い調子で請け負ってやった。

「日野、冬海を頼むな」

 一学年先輩である彼女に、冬海を任せ、他の連中の状況を確認した。

 柚木さんは、さすがサタンだけあって無傷だ。一緒に転がった火原先輩は、可哀想に額に切り傷を作ってしまっていた。たぶんガラスだと思う。

「火原さん、大丈夫ッスか?」

「あ、うん、平気〜。手じゃなくてよかったってカンジ」

「のんきッスね。ガラスの破片は入っていないでしょうね?」

 あっけらかんとした先輩に、一応確認した。

「やだな、土浦!そんなこといわないでよ、痛くなってくるじゃん」

「血ィ出てますよ。痛くないわけ無いでしょ。ちょっと見せてください」

 俺は校医から奪った救急箱から、消毒薬を取り出した。軽く吹き付けるだけで、血が流れてゆく。

「痛い! いってーよ、土浦!」

「ああ、大丈夫ですよ。破片は入っていません。消毒したからバンソコ貼っておきましょう」

「なんか軽いなァ〜」

 不満げに唇を尖らせる火原先輩に、

「軽くてよかったでしょう」

 と言って、ペタンと絆創膏を貼ってやった。

 

 怪我人の手当をさっさと済ませてから、ようやく俺はバスの状況を詳細に確認した。

 さっきの爆発音のような地鳴りは、雨による崖崩れだったんだ。

 前方に小山のような土砂が貯まっている。バスはそこに突っ込むような形になって停車していた。もうほんの少し行ったところで、橋にたどり着けたのに……

 だが、火が出なかったのは不幸中の幸いだった。

 

 ……だが、このバスはもはや使えないだろう。

 無線は生きているかもしれないが……運転できる状況じゃない。

 俺は誰にも気づかれぬように、そっとため息を吐きだした。