真夏の夜の夢<18>
 
 
 土浦 梁太郎
 

 

 

 

 白い雪によく似たもの……

 それが何かと気付いたとき、背筋がゾッと震えた。

「おい、これ……土浦」

 加地も気付いたらしい。

「……火山灰だ! おい、加地! 金やんッ! 火原さんたちも! 川のどっかに、吊り橋引っかかってねーか!? そう深くない川だ。なにか頼りになるものさえあれば……」

「ええ!? 無理だよ、この流れなんだから! フツーに落ちたとしても流されちゃってるよ!急にどうしたんだよ、土浦!」

「つ、土浦、君、さっき、火山灰って言っていたな…… じゃ、じゃあ、これは……」

 月森が完全にテンパッた声で訊ねる。

 何と答えればも何もない。さきほど、俺たち皆が目にしてしまったではないか。

「……落ち着けよ。確かに火山灰だが、まだ……」

 山を背後にしている彼のほうに振り返った瞬間、月森の白い顔が背後からの紅い照明によって、カッと光ったように見えた。

 そして、ふたたび、あのピィィィィ!という汽笛のような音。

 だが、今度の汽笛は、鳴り響き続け、終いには爆音に取って代わった。

 

 さきほどの、足の下で大蛇がのたくったような不気味な揺れではなく、激震と言ってよい激しい地揺れが俺たちを襲ったのだ。そう、まるでさっきの笛の音が合図であったというように。

 

 その音で表記するのはひどく難しい。

 ドンッドンッ!ドォン!

 というような……そう、山一つほどの太鼓を、バチで思い切りぶん殴ったような……そんな音だったと思う。

 

「うわぁッ!」

「きゃあぁぁ!」

 口々に上がった悲鳴が、誰のものかはわからない。

「伏せろッ!」

 俺はとにかくそう怒鳴ると、一番危なっかしい冬海をかばった。

 

 

 

 

 

 

 ドォン!ドォン!という音は3、4回鳴っただろうか。

 不気味な地鳴りが落ち着くと、俺たちは降り注ぐ火山灰を振り払って顔を上げた。

「つ、土浦先輩……あ、ありがとうございました」

 冬海がびくびくとそう言った。

「いや、乱暴にして悪い。怪我、ないな?」

 と訊ねる。

「は、はい、大丈夫です」

 怯えてはいるようだが、パニックにはなっていない。こんなとき、ひとりでもヒステリーを起こす輩がいると面倒なことになるのだ。

「おい、怪我はないか、みんな!」

 教師も居る中、二年の分際で僭越かつ思ったが、俺は周囲を見回して声を掛けた。

 皆、火山灰と泥とで汚れてはいるが、新たに負傷した者はいないようだ。

「土浦、大分マズイ感じだよ。山、見て」

 加地が言った。

 促されるままに山を見上げる。視界はまるで吹雪のように降り注いできた火山灰で鼠色に濁っていたのだが……

「……あれ……なんだ?加地。まさか……」

「ああ、山頂付近が溶岩で引火したんだろう。江戸時代の浅間山の噴火はすごかったらしいからね。まさかそこまでの規模ではないと思うけど、かなりヤバイと思う」

 そう……浅間山の山頂は真っ黒い煙を濛々と吐きだし、てっぺんが朱く染まっていた。そしてその周辺……山頂から少し距離のある部分で、5、6ケ所、ポッポッと朱墨を散らしたように紅に染まっていたのだ。

「燃えてるんですか……? だって、今朝、雨、ひどかったじゃないですか? そう簡単に燃えるものなんですか……?」

 志水が言う。

 そうなのだ、あれほどひどい降雨があったのに、森林が燃えるものなのだろうか?

「……だが、実際燃えているのだろう。だから、ああして、ところどころ紅く見える」

 無愛想に月森が言った。こんなときなのに、志水へ対抗心があるのだろうか。

「あの高い音……」

 加地がつぶやいた。

「あれ、火山弾が飛んだ音なんじゃないか?」

「火山弾?」

「ああ。火山が噴火するときに飛び散る、溶岩の破片みたいなもんだ。熱で溶融した岩石の塊のことだよ。やっぱりここに居ちゃまずいよ、土浦」

 まさしくそのとおりだ。ここにはなにも遮蔽物がない。

「みんな、あっちの……あの大岩の向こう側へ行こう。まずはそれからだ」

 俺たちは全員手荷物を背に、大急ぎで移動した。

 ピィィィという高い音に追い立てられるように。

 

「……冗談じゃねーよ。ホントに俺ら、東京に戻れんのかよ……」

 俺は絶対に誰にも聞こえない小声で、ひとりつぶやいたのであった。