真夏の夜の夢<19>
 
 
 土浦 梁太郎
 

 

 

 

 

 巨大な岩盤を盾代わりに、俺たちは急場を凌いだ。

 加地のいうとおり、あの高い音は噴火口から、火山弾が飛び出す音なのだろう。

 あれから、何度か悲鳴のように鳴り響き、俺たちを恐怖のどんぞこに陥れた。

 いや、誇張していっているのではない。本当に『恐怖のどん底』だったのだ。

 俺はパニック映画が好きでボルケーノやらタワーリングインフェルノだのという名作は残さず鑑賞している。炎に追われる人間は、絶望的な恐怖に囚われるのだ。

 ……だが、今、追われているのは映画の中の登場人物ではない。

 まさしくこの俺本人なのだ。しかも、学校のダチ連中も一緒という……

 映画では間一髪で助かる主人公も、現実の炎に追われたならばどうなのか。

 そう、今俺たちに迫ってきているのは、本物の炎……しかも火山からの、だ。

 

 川は……

 雨が止んだとはいえ、川の流れがそうやすやすと穏やかになるわけではない。山頂からの流水が、山上で一本の川になり、中腹のここに流れてきているのだ。

 平時はきっと澄んだせせらぎなのだろう。だが今は濁流が渦巻いている。時折、顔出す木片は、きっとどこかから運ばれてきた樹木の残骸なのだろう。

 なんとか……なんとか、この川を渡らなければ……!

 

 試行錯誤している間に、ズズンと、再び大地が呻いた。

 土砂崩れの危険もまるきり去ってはいない。それに加えて山頂から迫る炎……

 なんてこった、事態はどんどん悪くなるばかりだ。

 

 考えろ……考えろ、土浦梁太郎!

 今は、平和ボケしてる場合じゃねーんだよ! 物質で満たされ、原始的な危険に遭遇することもない、飽食の日本国民であることを忘れろーッ!

 今、本当に俺は……俺たちは、死と隣り合わせの場所に居るんだ。

 バスが土砂崩れで押しつぶされたときに、わかっていたはずだろう?

 あれは『たまたま』運が良かっただけなんだ。ほんの少しタイミングがずれただけで、山のような土砂は、もろに俺たちの座席を直撃していたかもしれない。

 

 

 

 

 

 

「……火原先輩」

 俺は先輩に声をかけた。ムードメーカーの火原さんも大分参っている。

 そりゃそうだ。こんなときにテンション高けりゃ、そりゃただのパニックなのだ。

「な、なに、土浦?」

「ビビってる場合じゃねースよ。先輩、ナップにボート入れててくれましたよね?」

「な、なんだよ、フツー、ビビるだろ! ボート?ボートって……ああ、バスに置いてあったヤツ?」

 ちょっと怒ったようにそう言ってから、先輩は背負ってたナップザックを背から降ろした。

「持ってます? 新品だったし捨てていくのももったいないって言ってたじゃないですか」

「う、うん、あるよ。これ……」

 黄色っぽいビニールのそれを、先輩は取りだしてみせた。

「ああ、よかった! これ、ふくらませれば、けっこうデカクなりますね」

「何してるの、土浦。なにか考えついた?」

 そういって会話に入ってきたのは加地だった。十分すぎるほどに整ったツラをしているのだが、今は煤で汚れてしまっている。

 コイツも当然、それなりに参っているのだろうが、あまりそういう印象を与えない野郎だ。

「おい、加地。これ、ゴムボートなんだよ。今朝、乗ってきたバスに積んであったんだ」

「ゴムボート? ちょっ……ちょっと待ってよ、いくらなんでも、この流れの中を漕いでわたるのは無茶だよ」

「そりゃわかってるよ。でも、唯一の道具なんだ。なんとかボートを固定できるようなものがありゃいいんだが」

「ああ、だからさっき、橋の留め具が引っかかっていないかって……」

 なるほどというように、加地が頷いた。

「そうだ。流されずに上手い具合に、どこかにからみついてでもいてくれれば、それを頼りに進んでいけるだろ。つまり、ボートとその命綱を上手く連結させて……」

「わかったけど……何も見つからなかったじゃん。きっと橋を固定していたものは、みんな川に流されちゃったんだよ……」

 しゅんと火原先輩がつぶやいた。

 その間にも、ズゥンズゥンと地鳴りがし、降り注いでくる火山灰は激しくなるばかりだ。