真夏の夜の夢<20>
 
 
 土浦 梁太郎
 

 

 

 

 

 

「……先輩?」

 と声を掛けてきたのは、一年の志水だった。

 他の一年生……とはいっても、後は冬海だが、彼女と日野はダメ教師どもが、しっかりとかばうようにして、岩の背にもたれかかっていた。

「おう、どうした、志水。怪我したのか?」

 ついつい心配顔になるのだが、彼は「違いますよ」と言って微笑んだ。

「いや、今、志水くんと考えていたんだけどね」

 と、背後からサタンの声。こんなときなのに、俺はすっ飛び上がりそうになった。

「あ、ゆ、柚木さん…… 何スか?」

「土浦くん、君、弓矢を持っているだろう?」

「え……あ、ああ、預かってますよ。うちのガッコのものらしいので」

 何が言いたいのかわからなくて、俺はそのままの理由を答えた。

 柚木さんはややもどかしげに、

「それを今、持っているのだろう? すぐに使える状態で」

 と、再度確認してきた。

「は、はぁ……ありますよ、これっス」 

 俺は汚れてしまった革袋を持ち上げて見せた。

「……土浦くん。唯一の方法がある。偶然、そんなものが置き忘れられていたのも、もしかしたら、神様のおぼしめしかもしれないね」

「……はァ?」

 俺は頓狂な面持ちで、彼を見返した。神様のって……サタンがいうか?くらいのイキオイで。

 だが、彼の提案を耳にしたとき、俺の頓狂な表情は、脂汗ダラダラに変わってゆくのだった。

 

 

 

 

 

 

「登山用のロープは、皆持っているだろう。それを君の矢に括り付けて、射るんだ」

「い、射るって……なにをですか?」

 ごくりという唾を飲み込む音は、たぶんまた火原さんだろう。

「あの、松です」

 天気の話をするように、そう答えたのは志水だった。

 彼の指さすほうには、そう……さきほどこの場所から確認した、川の向こう側。奇妙な形の巨大な老松が生えているのだ。

「えぇぇ!? いや……ちょっ……」

「やるしかないんだよ、土浦くん!」

「ないです、先輩」

 サタンと後輩に拝み倒されるように言い募られる。

 そ、そりゃ、俺だって自信があればやるよ?

 だが、あの松はどう見ても……数メートル先…… いや、もっとか?

 それに風だってある。火山灰のおかげで視界は悪い。

 ヤバイこと尽くめじゃないか! こんな中で弓であの松を射貫くなど……

「確かに通常の的よりは遠いだろう」 

 と、サタン。いや、通常の的よりとかそーゆー問題じゃないくらい遠いんですけど!

「だが、松自体はとても大きくて幹も太い。とにかくあの木に当てることさえできれば、次の段階にすすめるんだ!」

 生への執着だろうか……

 柚木さんはまるで軍師のように、俺たち皆を生き延びさせる方法を模索していたのだ。

 

「つ、土浦……」

 先ほどから真っ青な顔をして、岩壁に寄りかかっていた月森が、弱々しく口をきいた。

「お、おう、どうした、月森。気分、悪いか? どっか怪我とかしたのか?」

「ち、ちがう……そうじゃなくて……」

 別に俺は過保護な人間のつもりじゃないんだが、どうも消沈している月森には弱い。見ているだけで痛々しい気分になってしまうのだ。

 たぶん、普段、気丈にしているから、余計にこうした姿は見るに堪えないのだ。

「ゆ、柚木さん…… みんなも…… 土浦に無理強いをするのはやめてくれ……! こんな状況だから、どんな方法でも見つけられればと考えるのは当然だが…… だが……!」

「お、おい、月森……」

「だが……ッ! ただでさえ、的は遙かに遠くて視界もきかない。山頂からの風も強いだろう!? こんな状況の中で、みんなの命を背負って矢を放てなど……」

「い、いや、お、落ち着け。俺は大丈夫だよ、月森」

「土浦…… 君はいつも無理をしすぎなんだ! どうして自分のことよりも他人を優先するんだ……!」

 たぶん、月森は軽いパニック状態に陥っていたのだろう。

 この危機的な状況……そして、何もできない自分自身(いや、そりゃ当然なのだが)、そんなところで、同級生の俺が、音楽科の連中のつるし上げ状態になっているのが我慢できなくなったんだと思う。

 矢を射よと、俺に責めかかるように促していたのが、彼の苦手な柚木さんだったというのも理由だったかも知れない。

「いや、あの、マジ、大丈夫だから! ほら、アレ、確かに風は強ェけどよ。松の木、けっこう太いしよ。今んとこ他に方法もなさそうだし!」

 ああ、バカな俺……

 興奮しているヤツを宥めるためとはいえ、どうしてこう自虐的な方向へ行ってしまうのか。これじゃ、月森のいうとおりだ。

「つ、土浦…… 本当に? だ、大丈夫なのか……? む、無理を……」

「おいおい、俺を誰だと思ってんだよ。那須与一の生まれ変わりと云われた男だぜ。ま、ちょっと本気でいってみるさ!」

 バカーッ!!

 梁太郎のバカバカ〜ッ!

 なんで、俺ってばこうノリで……(泣)

 俺はほとんど自分自身に愛想を尽かしかけていた。