真夏の夜の夢<21>
 
 
 土浦 梁太郎
 

 

 

 革袋から弓をとりだし、布で拭く。

 水気は入り込んでいなかろうが、念には念を入れろ、だ。

 なんせ、矢は持ち出した三本きりしかないのだから。

「土浦……」

「な、なぁに、そんな不安そうな顔すんなよ、月森。俺に任せておけ!」

 俺はぐんと胸を張ってそう言った。

 最初は、自分のノリの良さを呪ったものだが、落ち着いて状況を見てみれば、もはや他には手段がないのだと観念せざるを得なかった。

 先ほどまで、浅間山の山頂部が紅く染まっていたが、その朱色の斑点が徐々に降りてきている。

 湿気を含んだ木々でさえも、溶岩の圧倒的な熱の前には、枯れ木と同じなのだろう。

 さらにそれを煽るのは、山から吹き下ろされる風……それが、炎を山裾まで引っ張ってきてしまう。

 無駄な時間を過ごしている余裕はない!

「よし、行くぜ」

 俺は力を込めてそう言った。自分自身への気合い入れのために。

 

「つ、土浦…… ほら、おまえ、アレ、気楽にいっとけ。あんましプレッシャー感じんなよ!」

 と、金やん。ツラを見れば、目一杯引きつってやがる。

「な、なに言ってんだよ、金やん! オレたちの命運は土浦にかかってるんだよ! 頼むよ、つっちー! マジ頼む!」

 と、火原さん……

 やれやれ、どっちもうざったいってェの。

 やるだけやって、ダメならそん時だろ?な?

 いない相手に向かって、そんなふうに心内確認していると、月森と目が合う。

 こっちは、切れ長の双眸を見開いて、祈るような面持ちで俺を見つめている。

 

 ぐおぉぉぉぉ!プレッシャー!!

 

 

 

 

 

 

 俺は弓を手に取り立ち上がった。

 ぐずぐずしていると、気力が先に萎えそうだ。

 岩陰から出て、ベストポジションを探す。

 なるべく、向こう岸の松に近い場所……だが、足場が安定していなければ、弓を射ることはできない。

「加地、手伝ってくれ」

 俺は一番使えそうな野郎に声を掛けた。

「ああ、もちろん。この風ばかりはどうしようもないけど、足場、見つけないとな」

「そうなんだ。俺、あっち行ってみるから」

「じゃあ、俺は向こう見てみるね。場所的にはこの辺でいいと思うけど……」

 俺たちのやり取りに、教師連中が立ち上がろうとした。さすがに生徒に任せて隠れているわけにはいかないと思ったのだろう。

「ああ、おっさん組はいいよ。女の子についててやれよ」

「コルアァァ!土浦!誰がおっさんじゃあ! ガキ共ばっかに任せられるかよ!」

「……アンタらの出番はもっと後だ。ぐだぐだ言う前に、矢にロープをくくりつけてくれ。せっかく命中させられても、縄が抜けちまったら意味がねェ」

 と俺は言った。実際、この作戦はまだ始まったばかりで、これから十二分に体力を使う仕事があるのだ。

 

「つ、土浦、俺も手伝おう! な、なにをすればいい!?」

 真っ青な顔つきで月森が言う。

 いや……むしろ大人しくしててくれ。

「あ、ああ、いや、いいよ。大丈夫だから。おまえは風に当たらない場所で待ってろよ」

「そ、そうはいかない! つい先だって知り合いになったばかりの加地くんに、メインのサポートを頼むのは好ましくないだろう! そもそも彼は飛び入り参加だったのだから、危険な目には……」

 いや、アレ、おまえより加地のほうが、こういう状況には役立つからだよ……

 とは、言えん。

 ちなみに、加地のほうは、上手い具合に、バランスをとり、少し離れた場所まで確認に行っていた。

「あ、あの……アレ、そうだ! おまえに手を貸して欲しいことがあんだよ。だから、出番までちょっと待っててくれ。重要な役目なんだ!」

「重要な……役目?」

「そ、そう。どうしてもそこばっかは手ェ貸してもらわねーと」

 と、俺は言葉を重ねた。

 ただでさえ、月森は、意気消沈して半病人状態である。そんなヤツの気持ちを挫くわけにはいかない。

「よ、よし、わかった。君がそういうのなら、俺が手伝おう……!」

「お、おう。頼むぜ。だから、それまでは、安全な場所で……」

 そこまで言いかけたときに加地が戻ってきた。