真夏の夜の夢<24>
 
 
 土浦 梁太郎
 

 

 

 

「加地……ッ!」

 俺はもともと神様なんざ信じちゃいない。

 星奏学園は、クリスチャン系のミッションスクールだとか、そんなのもどうでもいいことだった。

 だが、今、俺は神様に祈っている。

 それがキリストさまなんだか、仏様なんだか、そんなのはよくわかんないけど、とにかく、なにかに祈りを捧げずには居られなかったのだ。

「加地……ッ! がんばれ、加地!!」

 俺はロープを握り締め、力を注ぐように念を込めた。

 急な川の流れに、幾度も幾度も沈み掛け、そのたびにたらふく水を飲み…… だが、加地は確実に、じりじりと対岸に向かって進んでいった。

 そう……俺たちの命綱をしっかりと結びつけるために。

「加地! もう少しだ、頑張れ!」

「加地先輩、しっかり! もう少しです!」

「加地くん! がんばって……!!」

 いつの間にか岩壁から皆が抜け出し、川岸に集まってきてしまった。危険だから引っ込んでいて欲しいのだが、気持ちはよくわかる。加地を手伝うことはできなくとも、せめて力づけたいという……そういう感情はここにいる皆が共有しているのだから。

 

 

 

 

 

 

 川に入って約15分後。

 見事加地は対岸に辿り着いてくれた。

 まだ、助かったわけでもないのに、俺たちは一斉に歓声を上げたのだった。

「加地ーっ! よくやったぞ!」

 俺はひときわ大声を上げて、腕をぶんぶんと振り回した。

 ヤツは荒い呼吸を落ち着かせているようだったが、片腕を上げて応えてくれた。

 

 さて、ここからだ!

 これまでは上出来と言える。だが、これから俺たちは、溶岩の追ってくるこちら側から、対岸へ移動しなければならないのだ。このゴムボートひとつと、加地が改めて結び直してくれる、命綱だけで。

 俺は、加地が矢のロープを四重にも、松の巨木へ結びつけてくれるのを確認しつつ、メンバーの選定を考えていた。

 まぁ、若輩者の二年生が、指揮を執るのもどうかと思ったが、荒事に慣れているのはどう考えても俺の右に出る者はいない。

 

「みんな、これから川を渡るぜ。見ただろう、加地がしっかりロープを松に結び直してくれた。絶対に外れたり、千切れたりすることはねェ!」

 やや大げさな身振りつきで話をする。

 一種の暗示かけであるのだが、上手い具合に女の子たちは頷いてくれた。一年の連中もだ。

「金やん、梅やん、こっからが俺らの出番だぜ。……火原先輩も!」

「お、おう。それで、土浦、オレら、どう動けばいいの?」

 助かると考えて元気が出てきたのだろう。おでこのバンソコ姿も勇ましく、火原さんは迫ってきた。

「まず、最初は女子ふたりだ。日野と冬海を乗せて、俺と火原先輩、そして金やん、梅やんが、四方を囲むんだ」

「ロープは!? 命綱をどうやって使うつもりだ、土浦。加地くんの場合は、ひとりだったから、バランスをとって移動できただろうが、ボートならば、どちらか一方に寄せると危険だぞ」

 と、月森がいった。良い見当だ。

「おまえのいうとおりだ。だからボートにはこうして使う」

 俺はボートの中央両辺にある、マジックテープをはがした。その中にロープを通す円筒形の金具が突いている。

 これは救命用としても使えるボートなのだ。

 四辺に金具をとりつける帯も着いているし、いろいろと工夫が施されている。

「金具……ああ、これか、なんかちっこくて頼りない感じ」

「そのために補強用のテープがついているんですよ」

「マ、マジックテープ? あ、危ないんじゃね? 簡単にはがれたりしないかな」

 不安げに火原さんがそいつをいじる。すると、すぐにアレ?という顔になった。

「うわ……これ、カタってェ〜」

「当然ですよ。先輩のスニーカーのマジックテープと一緒にしちゃ失敬です。救命用ですからね。……これから、ボートをロープに固定します。手伝ってください」

「お、おう」

「火原さん、手、気をつけて。梅やん金やん、頼む」

 

 こうして俺たちは、知恵と力を絞りつつ、死地からの脱出を試みたのだ。