真夏の夜の夢<25>
 
 
 土浦 梁太郎
 

 

 

 

「いいか、絶対に、沈むことはないから! 俺と火原さんが前に、後ろには教師陣がいるんだ。しっかりここの環を握りしめて……いいな?」

「う、うん。わかったよ、土浦くん」

「せ、先輩…… 私……」

「大丈夫だ、信じろ、冬海。必ず無事に家に帰れるからな。がんばれ!」

「は、はい……」

「冬海ちゃん、ここ、ちゃんと掴んで怖かったら顔伏せてよう。アタシもくっついているから、平気だよ!」

 さすが、日野は肝っ玉が据わっている。

 もちろん、彼女だとて、怖いに違いなのだろうが、先輩としてしっかり冬海をフォローしてくれた。

「よし、行くぞ。大丈夫だ、足はつく!」

 と、後ろの教師どもが確認している。

「よぉぉし! 気合い入れていくぜ、みんな、根性見せろよ!」

「おうッ!!」

 掛け声も勇ましく、命のボートを肩に、男根性の四人組は前に進んだ。

 

 

 

 

 

 

 流れが速えェ!!

 俺は環を握りしめる右腕に力を込め、気合いを入れ直した。

「土浦……ッ!! がんばれッ! がんばってくれッ!!」

 背後からせっぱ詰まった声が聞こえてくる。

 月森……

 なんつーか、おまえの声援は、ギリギリすぎて、かえってストレスになるんだよ……

 だが、ヤツが心から俺を心配し、気遣ってくれているのがよくわかる。

 そういや、あいつの必死の形相なんざ、初めて見たぜ。ガキの頃からツラは知っていた相手なのだが、たいてい、いつも冷た〜い能面顔でな。

 こいつ、ロボットで出来てるんじゃねぇの?なんて、つまらん悪口を叩いたこともあったっけ。

「土浦ッ! がんばれッ! 土浦ッ!」

 ああ、そんな大声出すなって。

 そりゃ、この状況はキツイが死ぬ気はまったくしねェ。それより、おまえの方が今にも卒倒しそうな様子じゃんか。

 いいから、そんな大声出すな。音楽科は、声楽も必修だったろ。

 ……声、出なくなっちまうぞ。

 

「みんな、がんばれ! 後もう少しだ!」

 今度は前の方から声が飛んでくる。

 すでに体力を回復した加地が、手を差し伸べるようにな姿勢で応援してくれていた。

「あ、あと、ちょっとだ! 加地が居る! みんな、がんばれ!」

 前に進むことだけ考えて、必死に移動していたせいだろう。俺たちはすでに川の半分を通り越し、ずいぶん対岸近くにまで進めていたのだった。

「土浦先輩……」

「つ、土浦くん……」

 ボートの上にいる女の子たちがこわごわと顔を上げた。

「おう、後ちょっとだ! 油断するな、身体を低くして、しっかり補助帯につかまっていろ! 金やん、梅やん、行くぜ!」

「おうっ! っつーか、オジサンにはつらいわ、コレ……」

 金やんお得意のぼやきが出た。

「バカヤロウ。怪我人が出る前に片付けるんだよ。俺の責任になんだろ」

 と梅やん。たいがいこいつらもゲンキンだ。

 

 ようやく川岸に到着したとき、俺たちはひどく疲弊していた。

 無理もない、深さは大してないとはいえ、中腹付近ではさすがに足はつかない。そこを、ロープを辿る腕の力だけで、前進してきたのだ。

 上腕はビキビキとしびれるようだったが、まもなく痛みも取れるだろう。

 ……この程度の筋肉疲労、現役サッカー部員の俺にゃ屁みてェなもんだ!

 

 肉体の疲労とは反対に、気分はたいそう昂揚してきた。

 

 ……いける!助かるぞ!

 という手応えを、身体に感じていたから。