真夏の夜の夢<26>
 
 
 土浦 梁太郎
 

 

 

 

「土浦、大丈夫か?」

「お、おう!」

 転がっているところ、加地に顔をのぞき込まれ、思わず飛び起きた。別に嫌なわけじゃないんだが、どうにも慣れないのだ。

「加地、おまえこそ、大丈夫か? ……すげェ、キツかったろ?」

「ああ、そうだね。久しぶりに使っていない筋肉使っちゃったってカンジ。でも、矢を当てたのは土浦だろ。それがなきゃ、ここまでできなかったわけだから」

「……いや、運がよかっただけだ」

「ハハ、土浦らしい言い方だね」

 こんな状況なのに、加地はさも可笑しそうに笑った。

「……日野と冬海は……?」

「女の子たちは落ち着いているよ。川を無事に渡れて、大分心強くなったんだろう」

「そうか。……怖かっただろうにな。早く、家に帰してやらなきゃよ……」

 いつまでも転がっているわけにはいかない。

 まだ、対岸には、助けを待っている連中がいる。

 一年の志水、サタンこと柚木さん。そして月森だ。

「……よし、もういっちょ行ってくるか! 加地、体力大丈夫か?」

 俺はすでに呼吸すら乱していない、頼もしい同級生に声を掛けた。

「もちろんだよ。そのつもりで待ってたんだから」

「……おまえ、案外タフだな」

「テニスはけっこうハードなスポーツなんだよ」

 と、お得意のスポーツの名前を挙げて笑った。

 こいつ、ホント、肝が据わっている。助かった……この事態に、彼が居合わせてくれたのは、不幸中の幸いといえるだろう。なんせ、彼はもともとのアンサンブルメンバーではなかったのだから。

「……おい、梅やん。アンタはこっち残っててくれ。俺らもう一度行ってくるから」

 俺は女の子たちの様子を見ていた、梅田校医に声を出した。

「そうしてください。万一怪我人が出たら、すぐに対処を」

 と、加地が言葉を添えた。

「俺が先生の代わりに土浦たちと行ってきますから」

 

 

 

 

 

 

 二度目は体力的に厳しかったが、一度経験していることなので、コツが掴めている。

 それは俺だけでなく、火原さんらも同じだったようで、慣れない加地を上手くフォローしながら進んで行けた。

「君たち……! 大丈夫か!?」

 と柚木さん。

 人が乗っていなくても、対岸にいきつくまでにかなり体力を消耗するのが難点だ。

「土浦……!」

「おう、月森。すぐ、運んでやるからな。もう大丈夫だぜ」

「……足……血が……!」

「え? ああ、川底の石かなんかで擦ったんだろ。たいしたことはねェ」

「だが…… ちょっと待ってくれ。せめてこれで……」

 彼は手持ちのタオルで、俺のふくらはぎをギュッと縛ってくれた。そのときにズキンと痛みが走ったので、自分で思っているよりも、深く切っているらしいと気づいた。

「まずいな。あまりゆっくりしている暇はなさそうだ、土浦」

 さすがに息を弾ませながら、加地が言ってきた。

「わかってる。火の手が近いな」

「ああ、気づいただろう? 火山弾の破片が、周囲に散らばっている」

 周囲を取り巻く煙幕は、浅間山の山頂から下ってきているが、飛んできた火山弾が吐き出している量も相当のものだろう。

「煙がひどいな。灰も…… すぐ行けるか?加地」

「ちょっとキツイけどね。なんとかなる」

「……火原さん?」

「ふあぁぁ〜! 行ける行ける。かえって休み過ぎちゃうとキツイって。それにここ、煙いしよ」

「金やん。最年長」

「オジサンにはキツイわなァ。……でも、まぁ、教師だしよ。行くぜ」

「よしッ!」

 俺たちは気合いを入れて立ち上がった。

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 志水くんはともかく、俺は引き手に回る」

 ずっと言おうと待ちかまえていたように、月森が発言した。

「いや、ちょっとそいつは厳しいぜ、月森」

「金澤先生は黙っていてください!」

 その言い方が、オジサンはすっこんでろというように聞こえて、ちょっと笑った。

「いやいや、金やんのいうとおりだって。こいつはちょっとコツがいるからな。体力的にはキビシイが、慣れている俺たちで引いて行った方が安全だ」

「慣れているって、まだ2回くらい行き来ただけではないか……」

 ぶつぶつと文句をいうが、正直本人にも自信はないのだろう。

「いいから、おまえは上に乗ってけ。この一回で終わりなんだしな」

 なんとか月森を宥め、俺たちは残りの男三人をボートに乗せた。

 月森、柚木先輩、志水だ。

 本当はふたりとひとりに分けたかったのだが、大分煙が回ってきているのと、火山弾が浸食してきている状況を考えると、多少無理をしてもまとめて渡してしまったほうがよい。

「土浦……だが……」

「大丈夫だって。おまえ、たまには他人に甘えろ。それにトロトロしてる時間はねぇからな」

 ボートの水を切って、渡河の準備をすると、しぶしぶながらも彼は納得してくれた。