真夏の夜の夢<31>
 
 
 月森 蓮
 

 

 

 

「……他の皆はどうしただろうか……」

 二杯目のおかわりの椀を受け取りながら、俺はずっと気になっていたことを土浦に訊ねた。

「まぁ、大丈夫だろ。川の向こう側まで渡れたなら、溶岩が迫ってくる危険性もないし、後は下山するだけだ」

「……そうか…… そうだな」

「多少時間はかかるだろうが、なんとか夜までには、人の居る場所へたどり着けるだろう。教師連中もいることだし、命に別状があるような事態に陥る可能性は、もうないと考えていいんじゃないかな」

「……問題は俺たちか」

 そうつぶやいてから、この事態を招いたのはおのれの不注意だったとかみしめる。土浦は不運にも巻き添えを食らっただけだ。

 いや…… この事態どころか、本来なら、俺は死んでいたはずなのだから。

「土浦…… 俺は……」

「スト〜ップ!」

 大声でそういうと、彼は目の前に大きな手をかざしてみせた。

「え……」

「また、おまえ、自分のせいだとか、つまんねーこと考えてただろ」

「…………」

 ずばり言い当てられて、俺は思わず言葉に詰まった。

「何度も言っているように、おまえは何も悪くねェだろ。ただちょっとツイていなかっただけだ。それよりも、お互い、たいした怪我もなかったことを喜んでおこうぜ」

「……土浦」

「よし、この話はもう終わりだ。……今日中に下山できりゃよかったけど、今は無理をしない方が良い。まだ風があるし、夕暮れも近いからな」

 冷静に土浦が言った。確かに小さな釣り小屋は、吹きすさぶ風で時折、ガタガタと音を立てている。

「……そうか。そうだな。あれから大分時間が経ったんだろうし」

「連中が無事に下山できれば、おそらく明日か遅くても明後日には、救助隊が出る。今、無理をするよりも、万全を期してここを発ったほうがいい」

「……わかった。君のいうとおりにするのが一番いいと思う」

 俺は素直に頷いた。

 土浦の状況判断は非常に的確であり、また物言いも落ち着いている。

「よし、そうと決まりゃ、しっかり食って寝ちまえ! な!」

「ね、寝る……って、まだ夕方……」

「すごく疲れているはずだからな。腹がふくれりゃ自然に眠くなるさ」

 そう言いながら、土浦はおかわりを注いでくれた。

 正直、あまり食事の量が多くない俺にとっては、かなりお腹がいっぱいになっていたのだが、身を案じてくれる彼の気持ちが嬉しかった。

 それにやはり身体が冷えていることに間違いはないのだろう。熱い汁物は弱っていた肉体に、暖かな灯火を点してくれるようであった。

 お代わりの分を飲み干すと、急に眠気が襲ってきた。

 土浦の言うとおりだ。俺は正直に彼にそう告げ、布団の上に横になったのであった。

 

 

 

 

 

 

 ……夜半。

 粗末な木の扉を叩く風の音と、それにまじって聞こえてくる激しい息づかいに目を覚ました。

「ハァ……ハァッ……ハァッ……」

 熱のこもった吐息は、簡素なついたてを挟んだ、俺のすぐ隣から聞こえる。

「ハァッ……ハァ……」

「土……浦……?」

 そっと身を起こし、静かに声を掛けてみる。……だが、いらえはない。

 幸い、雨は上がったらしく、桟の隙間から月光が注ぎ込み、室内は想像以上によく見渡せた。

 土間のかまどと囲炉裏に火を焚いていた時分は、大分室内が暖かくなっていたが、今は夜風が忍び込み、気温が下がっているようだ。

「ハァ……ハァッ……ハァッ……」

 せわしない吐息に不安をあおられ、俺はもう一度声を掛けてみた。

「土浦……? どうかしたのか?」

 ついたてをずらして覗き込んでみればよいのだろうが、相手の了解を得ずにそんなことをするのは、あまりにもはしたない行為のように感じられた。

「つち……」

「ハァ……ハァ…… あ、す、すまん…… な、なんでもない…… 少し寒いかな……」

 くぐもった声で返事が戻ってくる。

 そう……本当なら、彼の熱っぽい吐息だけで、状況を把握すべきだったのだ。この年までほとんど音楽にしか注力してこなかったせいか、俺は圧倒的に状況判断の能力が劣っていた。

 ぜいぜいと喉を鳴らせた返答のようすで、ようやく俺は彼の身にただならぬ事が起こっているのだと察したのだ。