真夏の夜の夢<32>
 
 
 月森 蓮
 

 

 

 

「土浦……?」

「ハァ……ハァ……」

「土浦、あの……失敬する!」

 俺は思い切って、ふたりの寝床の間に立てたついたてを、横にずらした。

 だが、彼は向こう側を向いたまま、大きな身体をぐっと曲げ、動かなかった。

「……土浦、具合が悪いのか……?」

 見ればわかるだろうという質問を口にする俺……。

 そっと回り込んで覗きこんでみると、土浦は精悍な面持ちの眉を寄せていた。

 やや色黒の頬が上気して紅く、唇は微かに震えている。せわしない呼吸をくり返している様子は、ひどくつらそうに見えた。

「つ、土浦……」

「え……あ、ああ、月森か。……大丈夫だ、寝ちまえば朝には良くなってるさ」

 無理に笑みを浮かべてそんなことをいう土浦。

「無理をするな。……寒いんだな? ……熱が出ている」

「いいから……放っておけって」

「無意識のうちに身震いしていることにも気付いていないのだろう。ちょっと待っててくれ、すぐに部屋を暖めるから!」

 俺はすぐさま立ち上がった。

 かまどの脇には、昼間土浦がとってきてくれた木の枝が積んである。日中に消費した分もあるが、まだまだ残っていたはずだ。

「……気、気にするな……平気だから…… ゲホッゴホッ……! 真夜中にウロウロしやがると、おまえまで風邪引くぞ」

「こんなときにまで俺の心配をするな。……今度は俺が、君を守る番だ……!」

 さっきまで眠り込んでいたのに、すでに俺の頭はこの上なくクリアーだ。

 ドーパミンが一挙に脳内に噴出し、大脳皮質に命を発した。

 

 

 

★                           

 

 

 

 月の光を頼りに、土間に降りる。

 かまどにはまだ夕方の火種がくすぶっているが、熱気はほとんど感じられない。それは当然のことだ。燃料になる薪をくべていないのだから。

 注意深く差し込み口に、薪を突っ込む。こんな作業などしたことはないのだが、今は迷っている場合ではなかった。

 まずは何としてでも小屋を暖め、土浦を暖めてやらなければ……

 

 だが、俺の意図に反して、かまどの火は思うように燃えてくれない。

 黒い煙が出るだけで、全然火勢が強まらないのだ。

「う…… ゲ……ゲホッ! ゴホッ! ど、どうして……」

 落ち着け、俺! 

 この手の内容は、確か中学のころ、理科で習ったではないか!

 生木を燃やそうとしても、煙ばかりでなかなか燃えなかった。それに火が燃えるためにはO2……そう、酸素が必要なのだ。

 俺は慌ててかまどの入り口から、山と突っ込んだ木片を引きずり出した。小さな火種を延焼させるのには、薪の量が多すぎたのだ。

 もくもくと煙る黒煙を、土浦の方へ煙がいかないよう、必死で扇ぐ。もちろん、団扇などという便利な物はないのだから、乾かすために引っかけてあった上着を使ってだ。

 煙の方が一段落してから、ふたたびかまどに注意を戻す。

 すぐに薪の量を減らしたのがよかったのだろう。小さな火種が薄い木片に燃え移り、徐々に大きな明かりになっていた。

「ゴホッ! ゲホッ…… よ、よし、やったぞ……! 上手くいきそうだ……」

 ホッと胸を撫で下ろす。

 やはりよほど緊張していたのだろう。両手の感覚がまったくなく、指先が小刻みに震えていた。

 徐々に大きくなってゆく炎を横目に、俺は土間から板の間に戻った。自分の分の布団をよけ、囲炉裏に火を点す。もちろん、さきほどと同じ轍は踏まない。こちらは完全に火が消えていたから、土間から木片に炎を移し、炉にくべたのだ。

 ポゥッと点る、オレンジ色の光は、不安に押しつぶされそうになっていた心を引き立ててくれる。

「ちゃんと火が付いたからな。すぐに暖かくなる。もう、大丈夫だ」

 そういいながら、俺は自分の掛け布団を引っぺがし、土浦の側に歩み寄った。彼に掛けてやろうと考えて。

「土浦……少しは暖かく……」

 しゃべりかけた俺の口は、土浦の様子を見て、そのまま停止した。