真夏の夜の夢<33>
 
 
 月森 蓮
 

 

 

 

「ハァ……ハァッ……ハァッ…… ゼ、ゼィ……ゼィ……」

「つ、土浦……!」

 俺は急いで布団を彼の上に掛けると、様子を見るべく額に手を当てた。普段ならば躊躇しただろうが、今はそれどころではなかった。

「熱い……」

 思わず声がこぼれた。口に出していうつもりではなかったのに。

 だが、それほどまでに土浦の額は熱かった。彼はひどい高熱にうなされているのだ。

 額は火のようなのに、そっと触れてみた手や足などはひんやりと冷たい。小屋の温度は徐々に上がってはきているのだろうが、土浦の震えが止まることはなかった。

「つ、土浦……」

 ど、どうしよう……

 どうすればいいんだ…… つ、土浦が死んでしまう……!!

 頓狂にも、俺はそこまで考えてしまっていた。想像力……いや、妄想といっても過言ではない。子供の頃から、よく様々な予測をたて、くよくよと悩んだことが多かったが、未だにそのその性質は変わっていないらしい。

 軽いめまいを感じて、俺は額に指を当てた。

 バカが……! おどおどと動揺しているヒマなどないというのに……!

「土浦…… さ、寒いのか……?」

 ハァハァという荒い息をくり返すだけで、返事はない。180センチをゆうに超える鍛えられた身体が、ガタガタと震えている。

 俺は急いでタオルを絞り、炎のように熱い彼の額を冷やした。

 すると、ようやく土浦が薄く瞳を開いてくれた。たったこれだけのことなのに、泣けてきそうなほど嬉しかった。

「あ……あぁ、サン……キュ。悪いな……」

「何を言っているんだ! それより、まだ寒いか? これでも火を焚いているのだが……」

「あ、ああ。そうか……助かるよ……」

 そうではなくて! 彼の容態を訊ねているのに。俺にできることがあるのならば、なんでも言って欲しいのに……!

 だが、そう説明しても、彼は何も要求したりはしないだろう。たぶん、能なしの俺が、火を焚き出したというだけでも、よくやったと誉めたいくらいなのだと思う。

「土浦、……まだ、寒いんだな?」

 はっきりと返事をしやすい文句で、俺は彼に問いかけた。

 

 

 

 

 

 

「あ、ああ……そうだな。ひどくゾクゾクしやがる……。チッ……しっかり風邪を引き込んじまったらしい…… こんなときなのに……!  ハァハァ……」

「那須与一のまねごとをして、急流の中、皆を向こう岸に渡し、川に落ちた俺を助け……おまけに、雨の中、薪とりまでしたんだ。具合が悪くならないほうがおかしいくらいだ」

「フッ…… たいしたこっちゃねェつもりだったが。確かに……少し、疲れていたかな…… だが……」

 言葉の合間合間に、『ハァハァ』という激しい息づかいが混じる。その様子が痛々しくて、俺は慌てて土浦の言葉を遮った。

 そしてこのとき、俺の脳裏には、昔読んだ、洋書の小説のワンシーンが浮かび上がっていた。映画にもなった作品だ。

 雪山で遭難した人々が、力を合わせて脱出を試みる……そういったパニックストーリーであった。

「無理にしゃべらなくていい。……嫌かもしれないが、少しだけ我慢してくれ」

「…………?」

 今、思い起こせば、この非常時、俺の精神状態は普通でなかったのだと考える。

 通常ならば、まず絶対に考えも寄らないこと……いや、思いつくくらいはあっただろうが、まさか実行することはなかったろうから。

 

「……土浦、少し失敬する」

 俺はそう告げて、湿り気の残る彼のシャツのボタンに手を掛けた。

 緊張と焦りで、指先がブルブル震えるが、俺はおのれを叱咤しつつ作業を進めた。

 土浦はぐったりと横になったままだ。意識はあるのだろうが、俺の行動をとがめることはなかった。

「……こんな濡れた服を着ていては、いくら火を焚いてもダメだ。ちゃんと身体の中から暖めて…… 額は冷たい水で冷やさなければ」

「ハァハァ…… 月……森……?」

「大丈夫だ……絶対に。君を死なせたりはしない……!」

 俺は映画ばりのセリフを、臆面もなく口にした。

 ……行くぞ、蓮……!!

 俺はおのれを鼓舞した。

 

 土浦のシャツを脱がせた後、大急ぎで自分の上衣も脱ぎ捨てる。慌てていたせいか、袖口のボタンが飛んでしまったが、そんなことまるきり気にならない。

 俺には土浦の命を救うという、至上の目的があるのだから。