真夏の夜の夢<35>
 
 
 月森 蓮
 

 

 

 

 

「ん……」

 綴じ合わせた瞼の裏が、オレンジ色に染まった。

 ……まぶしい。隙間だらけのボロ小屋に、朝陽が忍び込んできたのだ。

「う……」

 どうも、光の強さから考えると、早朝……というわけではなさそうだ。

 慣れない直床寝で身体がギシギシと痛む。

 俺は軽く頭を振り、ぎこちなく身を起こした。ひんやりと涼しい風が吹き付けてきて、俺は小さくくしゃみをした。

 

 あ……そうだ、土浦……!?

 傍らにあったはずの長身が消えていて、俺は慌てて辺りを見回した。

 

「……よ、月森。目、覚めたか」

「え…… つ、土浦!? お、起きられるのか!? ……ハックョン!」

 勢いづいた余り、くしゃみまで思い切りよく出てしまった。

「あ、おい、服着ろよ、月森」

「あ……ッ!!」

 し、しまった……!

 昨夜はあのまま眠り込んだんだ。上半身は、完全にすっ裸なのだ。思わず女性のように胸元を抱え込む動作をとってしまい、そのことでさらに羞恥心が沸いてくる。

 土浦のように理想的な肉体を有している人物に、この貧弱な身体を観察されたとは……!!

「……あの、いや、別に……そんなに見てないぜ」

 困惑した風にそう答えられて、俺は頭の中での煩悶を、そのまま唇に乗せていたのだと知った。

「……ぐ、具合は……もういいのか?」

 毛布の中から腕をのばし、着替えを受け取ると、彼とは目線を合わせずにそう訊ねた。

「ああ。暖まって眠れたのがよかったんだろう。……ホント、悪ィ、月森。迷惑かけたな」

「い、いや、お、お互い様だ」

「実は昨夜の記憶はほとんどないんだけどよ。おまえがとなりに入ってきてから、急に胸の辺りから暖かくなっていったんだ」

「あ、ああ。そ、その……以前、本で読んだことがあって。迅速に体温を戻す必要がある場合、ああいった方法が最も有効らしい」

 ゴホン!とひとつ咳払いをして、ややくどくどしく説明した。

「でも、いざってときに、なかなかおまえみたいな行動はとれないよ。本当に助かった。寒くて寒くて、本気でヤバかったからな」

「そ、そうか…… 正直、俺も相当焦ってはいたのだが……もちろん、困惑したし……」

「そりゃそうだよなァ、いきなり素っ裸で同級生の男とくっつくなんざ、気色悪かったろ。スマンスマン」

 ハッハッハッと声を上げて笑う土浦。すっかり具合はよくなったようだ。

 それは喜ばしいことなのだが……

 だが……

 

 

 

 

 

 

「素っ裸……というのはやや語弊があると思うが」

 俺は修正を要求した。

 上半身とズボンは脱いだが、下着は装着したままだ。……そこまでする勇気はなかったから。

「その……俺は別に、君が思うような気分にはならなかった。気色悪い……などとは」

「ヘェェ、人間出来てんなぁ、おまえ」

「そ、そうじゃないだろうッ! で、では訊ねるが、土浦」

「え?」

「もし、昨夜、熱を出したのが俺だったとしたら、君はどうした?」

 病み上がりの人間相手に、ツケツケと質問すべきでないとはわかっているのだが……だが、つい聞き返したくなる反応だ。

「は? あー、そうだなぁ。ここは助けを呼びに行けるって場所じゃないもんな」

 俺は真面目に話しをしているのに、彼はなにやら作業をしつつ受け答えをしている。

 よくよく見れば、食事の支度をしているらしい。なんと、わずか一晩で、自力で食料調達までできるほどに回復しているのだ。

「土浦……それ……」

「まぁ、アレだな。逆の立場だったら、やっぱりおまえと同じようにしただろうな。とにかく火を焚いて、体温を取りもどさせて…… どした?」

「あ、いや…… 食事の支度までしているから」

「おう、もうすっかり雨もあがっているぜ。できれば今日中に下山したいところだがな」

 食料調達にまで出かけたことに驚いているのだが、土浦は別方向に解したらしかった。

 だが、それは俺も知っておきたい情報ではあった。

「そうか……それはよかった。隙間から差し込んでくる日射しがまぶしかったから、大丈夫だとは思っていたが」

「ああ、昨日の嵐が、ウソみたいな晴天だぜ」

 そう言いながら、土浦は木戸を開けた。おんぼろ小屋に目のくらむような太陽の灯りが差し込んでくる。

 ウソみたいな……

 本当にまぼろしのような一夜であった。

 彼の身体を抱きしめて温めていた、あの時間は本当に実在したものだったのだろうか。

 

 目映いばかりの朝陽に、俺は胸の奥の鈍いうずきをごまかした。