真夏の夜の夢<38>
 
 
 月森 蓮
 

 

 

 昨日に比べ、このあたりは大分火山灰がマシになっている。

 ところどころ青空も覗いており、こんな状態でありつつも、人の心というのはかくも周囲の風景に影響されるものなのか。

「月森、疲れないか?」

 ……土浦と来たら、十分と置かずにこのセリフだ。

 気遣いは有り難いが、病み上がりの彼のほうが消耗は激しいはずなのに。それに、こうしてふたりして歩いているのだから、世間話でも振ってくれればよいものを。

 

「問題ない。……まだ分水点を過ぎたばかりだぞ。今日はまだまだ進むんだろう」

「ま、まぁな。そのつもりだ。だが、地震のせいで、道が悪くなっているからな。ただ歩くだけでも疲れるだろう。あまり無理をする必要もないと思う」

「……土浦、俺の体調に問題はない。せっかくなのだから、世間話でもしないか」

「せ、世間話……? 世間…… ぷっ…… い、いや、お、おう。なんでもこいよ」

 ……今、吹き出しそうな顔をされたような気がしたが。

 いや、むしろ、笑われた……?

 いやいや、気のせいか。俺としたことが……慣れないサバイバル生活のせいで、やはり疲れ気味なのだろう。

 

「今日は……良い天気だな」

 ごほんと咳払いをしてから、そう言ってみた。

「そっかァ? 火山灰でよくわかんねーだろ」

「……気温も安定している」

「ま、初夏だしな。過ごしやすいかな」

「…………」

「…………」

「……土浦。君は俺をバカにしているのだろうか」

「……なんでそうなるんだよ」

「俺は君と世間話をしたいと申し出たのだが」

「いや……だから、コレ、世間話に応えてやってんだろ」

「…………」

「…………」

「……あ〜、次の選挙では自民党が……」

「っつーか、今、政治の話とかするかよ? 俺らまだ参政権もないのに」

 

 ……駄目だ。

 土浦とはこういった手合いの日常会話をしたことがないのだ。

 大抵、音楽の話ばかりで……しかもつい先だっての春のコンクール以降の話である。

 それ以前から顔見知りではあったが、まともに会話したことなどないのだから。

 

「あのさ、無理に話さなくてもいいだろ。こんな状況なんだし、しゃべると息が上がるだろ」

 

『……失敬な!』

 と言い返してやろうと思ったが、確かにお世辞にも楽な道ではない。

 土浦はいつもと変わらなかったが、いつの間にか自身の吐息が、はぁはぁと煩く聞こえるのに辟易とした。

 

 

 

 

 

 

「思ったほど進めないものだな」

 今朝、土浦が仕込んでくれた燻製の魚は、十分なエネルギーにはなったはずだが、まだ街の明かりどころではない。

 支流に流された俺たちは、元々の帰路を大きく逸れたわけだから、その分余計に歩くことになる。

 おまけに道は悪くて……

 

「今日はここまでだな」

 唐突に土浦が言った。

 正直、体力に自信のない俺にとってはありがたい申し出ではあったが、今ひとつ納得がいかない。

 なぜなら、まだ夕日が傾き始めた程度だし、この季節だから通常より日照時間は長い。

 現時点までは、一応順調に来れたのだからもう一踏ん張り……と、土浦なら、そう考えると思った。

 

 物言いたげな俺に向かって、彼は先手を打って口を開いた。

「山の天気を舐めるなってのは、嫌ってほど思い知らされただろう? おまけにここは避暑地なんだ。昼はいいが、日が落ちるとひどく冷え込む」

 慎重にそうつぶやく。

 確かに昨夜もそうだった。

 川に落ちたせいだとばかり思っていたが、土浦があんなことにならなかったとしても、寒くて目が覚めたと思う。

 

 彼の言葉に素直に頷いた。

「確かかに寒かった。疲れてたからそのまま眠ってしまったが……」

「昨夜はおまえにスゲー迷惑掛けたからな。きちんと暖をとれる場所をキープしないとな。暗くなってからじゃ、動きがとれない」

 そういうと土浦は、あごをしゃくってみせた。

 彼の指し示した場所を確認すると、少し高台になっている斜面に、陥没が見えた。

「陥没じゃなくて、洞窟な。その方が雰囲気いいじゃんか」

 まるで火原先輩のように声を弾ませると、洞穴に向かって走り出した。そこは木々や枝で目隠しのようになっている。

 慌てて後を追おうとしたが、ストップがかかる。

 

 まずは彼が安全を確認してからだという。

 山の洞穴というものは、自然にそういう形になったものと、動物が棲むための場所とがあるのだそうだ。

 何かの巣窟になっていないか、彼が先に視る必要があるのだと。

 

 ならばよけいに一緒に行くと言ったのだが、あえなく却下された。

『あの足場じゃ、なんかあったら守れねぇ』

 素っ気なくそう告げると、後をも見ずに、さっさと行ってしまったのだ。