真夏の夜の夢<39>
 
 
 土浦 梁太郎
 

 

 

 

 ……いや、本当に参ったぜ。

 先週は部活帰りにマクドとか寄ってたのによ……

 今は、洞窟で毛布にくるまって、焚き火とかよ。

 

 キャンプファイヤーとかじゃないからね、コレ。

 チューハイ片手に焼き肉でもないから。

 

「ほれ、焼けたぞ、月森」

「……常々思うのだが、土浦……」

「いや、アレ、早く受け取れ。冷めると旨くないぞ」

 串に刺した川魚を差し出す。

 もちろん、簡単な塩焼きだ。

 調味料だの毛布は、漁師小屋から拝借したものだった。

 

「美味しい……」

 まぁ、俺らなら『うめぇ!』と声を上げるところだが、やはりそれは育ちと性格。

 山菜汁も、口に合ったのだろう。湯気の上がっている間に、彼はすべて腹に収めた。

「ほら、汁椀貸せ。お代わりはまだまだたくさんあるぜ」

「そうだな。美味しいし身体が温まる」

 素直な月森は、滅多に見ないせいか、いつも学校で会うよりも少々幼く見える。

 音楽家一家に生まれ、両親ともに現役の音楽家。

 そのプレッシャーを背負っているせいか、学校ではいつもピリピリとした空気を纏う。

 意識していなくとも、自然体でそうなのだから、どうにも致し方がないのだろう。

 

 だが、目の前の彼は、ブランド物のスーツを身につけ、「0」がいくつ付くのかわからないヴァイオリンを手にした『音楽科の鑑』の彼ではい。

 毛布にくるまってスープに吐息を吹きかけている、一緒に遭難しちゃった『友達』である。

 

 

 

 

 

 

 自分の分はとっとと食い終えた俺だ。

 魚は頭からバリバリ、味噌汁もほとんど一気である。

 それでも俺の口腔内は火傷だの口内炎などとは無縁であった。

 なんせ、試験休み期間以外は、ほとんど朝練のあるサッカー部所属。特に一年の頃は先輩たちよりも先に出て、グラウンドの整備や道具の手入れなどを行っていた。

 早弁、早飯、早クソ……っと失礼。

 それらは小学生の時期から身についている。

 

「あっ……熱っ!」

 未だに魚半分、ようやく汁物おかわりの月森が声を上げた。

「どうした?」

 一応、リアクションを返した。

 おそらく味噌汁が思いの外、冷めていなかったのだろう。

 むかごをゲットしたので、そのまま山芋を掘り出したのだ。多少の手間はかかったが、青物だけよりもずっと精が付くはずだ。

 

「イダイ……」

 子供のような物言いに、思わず俺は吹き出してしまった。

 面白がっているわけではいのだが、月森はギロリと睨みつけてきた。

「悪い悪い。なんだ、火傷でもしたか?」

 石で囲った即席の炉に火をくべる。

 思ったより洞穴内は中が広く、煙の充満を心配する必要はなかったが、暖をとるには薪が必要であった。

「……熱かった。冷ましたつもりだったのに」

「そりゃおまえ、芋とか、そういうのは冷めにくいだろ」

「芋……」

 不思議そうに木杓子の中の物体を見る。

「そうだよ。何だと思ってたんだ?ハハ……」

「……どうせ、俺は無知だ」

 恨みがましい物言いを適当にいなして、

「今日の味噌汁のメニューは、アイゴ、野蒜、山芋ってとこだな」

 と教えてやった。

「ア、アイゴ? ノビル……?」

「ま、食えるんだからいいだろ。それより、大丈夫か? のど?舌か?」

「舌……」

 まるで悪ガキがするように、ベーッと舌を出す。いかにも見てくれといわんばかりだ。

 こんな月森を知っているのはきっと俺だけだろう。なんせ非常事態なのだから。

「ぷっ…… あっはははは! おまえのそんな顔初めて見た! あー、もったいない!携帯が無事だったらなぁ。記念に写メ撮っておきたいところだぜ!」

 腹を抱えて笑い転げる俺に、ヤツは不満げに頬を膨らませた。

 それがまた一層、笑いのツボに入る。

 そうそう、こんな表情もできるんだ