真夏の夜の夢<40>
 
 
 土浦 梁太郎
 

 

 

 何だ、普通の野郎じゃねーか! だよな? 楽器を弾いているときは、パーフェクトなおまえでも、日常生活ではフツーでいいんだよ。

 知らないことは知らないでいいし、出来ないことは他人を頼ればいい。

 

 そうやって怒ったり、笑ったり、自然でいりゃあ良いんだよ。そうすれば、俺も余計な心配をする必要はなくなる。

 

 洞窟での焚き火は長いオレンジの光を壁に映し出す。

 笑い転げる俺、それに苦情を申し立てる月森。

 

『キャンプファイヤーじゃないんだから……』

 といってたが、妙にテンションの高い俺たちであった。

 

「だいたい君は、どうしてこんなにサバイバルに慣れているんだ?」

 ツケツケとした口調で月森が訊ねてきた。

「ほら、前にちょっと言わなかったっけ? 俺、山登りや魚釣り、キャンプみたいなの趣味なんだよな。わざわざテントもって行くんじゃなくて、去年の春休みは、寝袋一つで放浪したぜ」

「……すごいな」

 ぼそりと月森がつぶやいた。

 その物言いは、本当にそう感じてくれているのだとよくわかるつぶやきであった。

 気をよくした俺は、普段はほとんどしゃべらないことまで、コイツ相手に語ってしまう。

 

「旅してると、色んな人たちに会う」

「ああ、そうだろうな。そういう旅なら尚更に」

「出逢いが楽しいんだ。連むことはないけど、良い経験になる」

 道を訊いただけなのに、『もう遅いから』と、自分の家にそのまま泊めてくれた老夫婦や、早朝、トラックに乗せてくれた兄ちゃん……

 

 

 

 

 

 

「君の見識の広さは、そういう経験から成り立っているのだな」

「大げさだぜ。ただ楽しいから行ってるだけだ」

「俺も旅行にはちょくちょく行っているが、君とはまるで違う。……感動したり、感謝したりすることはあっても、何だかオブラートに包まれているようで……」

 音楽家一家の月森家だ。

 ウィーンやザルツブルクといった本場はもちろんのこと、西欧北欧、地中海……

 俺ら庶民にはうらやましいことこの上ない旅をしているのだろうが、ヤツの言うには『物足りないらしい。

 

「違うんだ…… ウィーンもパリも、もちろん、他の国も素晴らしかった。何度でも言って、その地に触れたいと思う。でも、それは音楽の勉強のことが第一で…… もちろん、それに疑問を感じたことはなかったが、君の話を聞いていると、何だが違うって思う」

 月森が一生懸命しゃべる。

 本当に必死に言葉を手繰って、伝えようとしてくれている。

 学校での取り澄ました表情ではなく、無意識のうちに身体を動かしたり、手を振ってみせたり、言葉の見つからないもどかしさを顔に浮かべている。

 

「音楽家でもいろいろなタイプがあんだろ。別にそれはそれでいいと思うけどな」

 軽くフォローを入れてから、こちらもちょっと真面目に語ってみようと思った。

 今の月森がとても良いと思うから。

 もったいないくらいに、純粋だと感じたから。

 こういう特殊な状況が原因だとわかってはいても、今の自分を忘れないで欲しいと感じるからだ。