真夏の夜の夢<42>
 
 
 土浦 梁太郎
 

 

 

 

 その翌日は、大分、あたりの景色が見えるようになっていた。

 火山灰というのは恐ろしいものだ。

 活火山といえば、皆、すぐさま、あのドロドロと流れ出す溶岩などを思い起こすだろう。

 しかし、実際に沸騰した溶岩など見ることはまずあるまい。それよりなにより、大きな噴火でなくとも、火山灰は山の周囲を覆い隠す。

 これは、山歩きを経験した者ならば、どれほど恐ろしいことかわかるだろう。

 この日は、道に迷うこともなく、川沿いをつたって大分山裾のほうまで降りてくることができた。

 

「はぁはぁ、つ、土浦、大丈夫か?」

 ……月森の声で、おっとと我に返る。

 調子よく下っていけるモンで、つい足が速くなってしまっていた。

 ……それにしても、あんなに息を弾ませながら『大丈夫か?』とは……

 本当にコイツの意地っ張りには驚かされる。いや、むしろ、ここまでくれば立派なものかもしれない。

「おう、そろそろ、日も暮れてくるし、今日はここまでだな」

 よろよろと追いついてくる月森を、その場で待ちながらそう応えた。

「そ、そうだな。君も大分疲れているだろうし」

「ああ、そうだな。……おぉ、今日のねぐらはあそこにしよーぜ」

 先ほどから目をつけていた穴ぐらを指さす。それほど深くはないが、今日はかなり気温が高い。火をおこすにしてもそれほど長い時間必要だとも思えない。

「……よくもそう簡単に見つけられるな。野生動物顔負けだ」

 嫌みとも感心とも思えない感想を月森が漏らした。

「まぁな。えーと、昼の燻製はまだ残ってるが……ちょっと足んねーな。なんか適当に採ってくるから、月森は穴ん中頼む」

「了解した」

 息が弾むののを押し殺し、月森が穴の番に向かう。

 さて、俺はもう一仕事だ。

 

 

 

 

 

 

「うん……美味しい」

 岩魚の塩焼きにかじりつきつつ、ヤツがつぶやいた。

「不思議だな……」

「ん〜、なにが」

 汁物をかき混ぜながら月森に問い返した。

「いや…… 普段の食事のほうが贅沢なものに違いないのに。君と食べる粗末な夕食のほうが美味く感じる」

「粗末で悪かったな。ま、美味く感じるってのは、やっぱ普段と運動量が違うからな。腹も減るだろう」

「空腹だけが理由とも思えないが……」

「美味くメシが食えてんならよかったぜ。丸三日歩き通しだったからな。途中で倒れちまうんじゃないかと思って気が気じゃなかったぜ」

 あながち冗談でもなく俺はそう告げた。

「失敬な。君のほうこそ、大熱を出して……気が気じゃなかったというのは俺の方だ」

「あぁ、アレな。いや〜、熱出したのなんて何年ぶりだろ。ガキの頃以来だぜ」

「……それもまたすごい話だな」

 そう言いながら、椀に注いだ汁物をしっかりと食ってくれている。どうやら、俺たちは無事に帰京できそうだ。

「月森。明日あたりにはもう麓の明かりが見えると思うぜ。まぁ、それでも大分距離はあるだろうけどよ」

 声を励ましてそう言ってやった。

 俺と違って、完全にインドアタイプの男だ。強がってはいても、大分参っているはずなのだから。

「……明日……? 俺たちはもうそんなに歩いてきたのか?」

「そりゃそーだろ。今日だってかなり川沿いに下ってきたぜ」

「そうか……そうだな」

 予想と異なる反応に俺は少し困惑した。今の会話はどう考えても気落ちするところじゃないだろう!?

「なんだよ、どうかしたのか、月森?」

「……いや、なんでもない。そうだな……無事帰れて、またいつもの日常が始まるんだな」

 そうつぶやいた月森の面持ちは、焚き火の灯りを受けてか、ひどく憔悴した様子に見えた。