星奏戦記<3>
 
 
 
 
 

  

 不本意ながらも俺の後ろに隠れるような形になっている月森。いじっぱりでプライドの高い野郎だが、柚木先輩に完全におびえている。サタンに声をかけられて、ビクっと身を竦ませるのが背後から伝わってくるのだ。

 おいおいおい……何なんだよいったい、この構図は……

 いや、今に始まったことではないのかもしれないが、月森とサタンそして志水の、何とも評しがたい不可解な人間関係は、俺がコンクール参加者になってからやたらと目につく。どこか妙な雰囲気のただよう……だが、この音楽科の生徒、といわれてしまえば納得できてしまえるような……いやはやそうはいうものの、致命的にどこか道を踏み外しているような、そんな異様な関係だ。

 

「月森くん?」

 サタンのやわらかな声音が、月森を追いつめる……ように俺には聞こえる。

「すい……ません、俺、ちょっと気分が悪くて……」

 たどたどしく月森が言い訳する。客観的に見ると、サタン柚木は、コンクール仲間の中でも、血統書付きの月森を気に入っているようだ。それはだれでも柚木先輩の態度を見ればわかるだろう。月森自身は、もともとひとりでいることが多いヤツだから、他人にはあまり深く関わろうとはしない。

 もっとも俺には強いライバル意識のようなものを持っているのか、やたらとつっかかってくるが、他の奴らとはそれなりに穏便にやっているのだろう。

 ただ不思議なことに志水は、あまり月森を好ましく思っていないようだ。こうして俺と一緒にいるときなど、月森がやってくるとあからさまに不愉快な顔をする。少々強引で浮世離れしたところはあるが、俺にはなついてくれているようだし、可愛い後輩なのだが、同じ音楽科で、実力者の月森を避けるというのは、今ひとつ合点がいかないのだ。

 もっとも、人間、馬が合う合わないなどということは、日常茶飯事であり得ることなのだから、あまりこの二人は、調子が合わないのだろうな、程度に認識はしている。

 

「ええ? 具合が悪いの、月森くんッ」

 おおげさなほど、眉を顰めて心配そうな声を上げるサタン柚木。

「あ、は、はい……」

 ドラクエ的にいえば、とらわれのお姫様のような風情の月森。俺には及ばないが、コイツだって細めとはいえ180cm近い長身の男だ。

 たとえサタンとはいえ、華奢で中背の先輩を恐れることはないと思うのだが。もっともサタンはサタンなので、俺と同様にヤツの内面の恐ろしさを感じているのなら話は別だが。

「それはいけないね! もうすぐうちの車が迎えにくるから、家まで送ってあげるよ」

「ええッ、い、いえ、いいです、そんな……」

 めずらしくもすっ飛びあがるほどに動揺した月森の声。

「そんな遠慮しないで。今、お父様とお母様はいらっしゃるの? もしひとりなら、なんだったら僕の家で医者にかかったほうが……」

「いいえッ……そんなとんでもない!」

 真っ青な顔で勢いよく言葉を返す。さすがにこの俺でも心配になってくる。このまま黙ってしがみつかれていても、どうにもしようがなさそうなので、俺は勇気を出して口を挟んだ。

「あー、すいません、サ……柚木先輩、志水の練習見てやってください。俺、コイツ送って行く約束なんで」

 親指で背後の男を指さして、ぼりぼりと頭を掻きながら、俺はいかにも他意はないという風にそう言ってやった。志水は不満だろうが、さすがにこの様子の月森を放っておくわけにはいかない。

「わり、志水。今度一緒に練習しような。俺、お前の教室に迎えに行くからさ」

「…………」

「な?」

 なんで俺ってば、こんなに気を使ってやってんだろう。ああ、本当にこういった現実離れした野郎共は苦手だ。

「……はい、じゃ、明日。ぜったい、ぜったいですよ? 僕、待ってますから」

 妙に必死にそういうのが、なんだからいじらしくて、俺はサッカー部の後輩にするように、ぐりぐりと頭を撫でてやった。

 ……サタンの目が怖い。

 顔は相変わらずマドンナの微笑み状態だが、目は笑っていない。これ以上、この場で視線にさらされるのはゴメンなので、俺のほうで月森の腕をとって引っ張って歩き出した。

 

 

 

 

「痛い、もういい」

 唐突にヤツは言った。

 もういいってお前なぁ……俺は下級生との約束を破って、わざわざお前を連れ出してやったんだぞ? 別に礼を言って欲しいわけじゃないが、仏頂面で不満を述べられる立場でもないはずだ。

 そんな俺の頭の中がかいま見えたのだろうか、月森はわずかに逡巡するようなそぶりを見せたが、そんななりはすぐに引っ込んで、ひどく偉そうに、

「いや、だが……今回は助かった。礼を言う」

 と言った。

「別にいいけどよ……何なんだよ、おまえらは。あのモメかたワケわかんねぇぞ」

「……柚木先輩は……その少々強引でしつこくて困る。家柄のせいもあるのだろうが、思い通りにならないことはないと考えているようだ」

 おめーもそうだろう、と言ってやりたいところだったが、何となく疲れているような様子に俺は言葉を引っ込めた。

「うざったかったら、一発ぶん殴ってやればいいじゃねぇか。先輩とは言ってもおまえよりガタイも小さいし、なんとでもなるだろ」

「君のように、なんでも力で解決しようとは思えなくてね」

 いつもの調子を取り戻したのか、高慢ちきに、つんと顔を背けて月森は言った。

「あっそ。そりゃ悪かったな。じゃーな」

「あ、土浦……」

「なんだよ、ひとりで帰れるだろ、ガキじゃあるまいし」

「…………」

「じゃあな」

「……あ、待っ……」

 アイツはまだなんか言いたかったようだが、付き合っていられない。俺は少々不機嫌になりながら、早足で校門を過ぎた。もう一時間もせず完全下校時間だ。

 真っ赤な夕日が、妙に目につきやがる。まったくさんざんな一日だった。