星奏戦記<7>
 
 
 
 
 

 

 

 

 

そして事件は起こったのだ。

「梁太郎〜ッ! 学校から電話〜ッ!」

 姉貴だ。母さんと一緒で、下で電話をとっても、内線で回すという芸当ができない。結果、大声で呼ばれ、俺は仕方なく一階に下りてゆく。

「……はい、俺スけど……」

 今日一日の無駄な疲労で、無愛想な物言いになるのは否めない。

「おう、土浦か」

「なんだよ、金やんかよ」

「ああ」

「学校からとか言われたから、何事かと思ったよ。慣れないコンクールで疲れてんだよ、手短に言ってくれ」

「おいおい、ごあいさつだな。まぁ、こっちも急いでっからいいけどよ」

 気分を害しもせず、金やん……コンクール担当の音楽教諭金澤先生が言葉を続けた。そういえば、いつになく話口調が早口になっている。

「おまえさ、今日、月森と会わなかったか?」

「はぁ? なんだよ、それ……帰りがけに一緒になったけど、それが?」

「そうか。一緒に帰ったわけじゃないんだな」

「帰るわけねーだろ。あいつと帰るならひとりで帰るよ」

「そっか、悪りィ、邪魔したな。そんじゃーな」

 すぐさま切られそうになる。別に俺の知ったことではないが、金やんの常ならざる様子はさすがに気にかかる。

「ちょっ、待てよ。なに、なんかあったんスか?」

「いや、ちょっとな。あまり大事にしたくないんだがよ」

「別にしねーよ。人ごとだろ」

「そうか……いや、月森がな、まだ自宅に戻っていないらしいんだ。まぁ男だからな、おかしな心配はねぇんだろうが、そろそろ10時を回るだろう」

「はぁ、なんだよそれ。レッスンとか、そーゆーのが長引いてんじゃねぇの?」

 いささか柄悪く俺は言った。

「いや、今日はその予定はないそうだ。それに帰宅が遅くなるときには、必ず自宅に電話が入るらしい。それがまったく無いんで、9時を過ぎた頃、月森家のお手伝いの人からうちに連絡が入ってな」

「…………」

「あそこはご両親が海外だから、年かさのハウスキーパーさんが、心配してんだよ。留守中になにかあったらってな……おい、土浦?」

 俺が無言でいるのが気になったのか、金やんが呼びかけてきた。

「……あ、ああ、悪い。聞いてる」

「ま、そんなわけでとりあえず月森と親しそーな連中ンところに連絡入れてみようと思ってな」

「おい、ちょっと待てよ」

「なんだよ、急いでんだよ」

「なんで俺が、『親しそうな連中』の中に入ってんだよ。アンタ、電話する場所間違えてねぇ?」

 聞き逃すわけにはいかなくて、この非常時だというのに、俺は金やんを追求した。

「いや、だっておまえら仲いいだろ?」

「よくねーよ。おめーはホントに教師か? どこみてんだよ、先生よ」

「あー、だからお手々つないで、とかそーゆーじゃないだろうけど、ケンカするほど仲がいいって言うじゃねーか」

「はぁ?」

「月森、おまえにだけは、いつも本音を口にしてただろう。他の連中相手の時みたいに、適当に流したり、無視したりしないみたいだからな」

「…………」

「だからおまえらはよくケンカになんだろうけど……おっと、やべー、無駄話してるわけにゃいかねーや。一応、コンクール出場者には当たってみるか」

「い、いや、ちょっと待て、金やん!」

 なぜか俺はあわてて先生をとめていた。

「あんたも言ってたじゃん。あんま大事にしたくないって。柚木さんあたりに連絡してみろよ、下手したら使用人使って調べ回らせるかも知れねーぜ? そしたらヤツも出るに出られなくなるだろ。それに、ヤツだって一応高校男子だぜ? いろいろ都合もあんじゃねーの?」

「いや、でもなぁ。もう遅いし……ホント、事故とかだったらヤバイしな」

「わかったよ、俺、探しに行ってくるから。見つかったらすぐアンタんトコ電話する。見つからないで11時回るようだったら、仕方ねぇ。心当たりに緊急連絡回そうぜ」

「何言ってんだよ。そいつは俺の役目だよ。同じ高校生のガキにそんなこと頼めるかよ」

「ガキじゃねーよ。俺、タッパ、余裕で180越えてんだぜ? アンタみたいなヒゲモヤシがうろつくより、早いって」

「ヒ、ヒゲモヤシ……おまえなぁ……」

「言葉のアヤだよ。それにほら体力もあるし、ヤバイ野郎だって俺相手にはふっかけてこねーよ」

「…………」

「……金やん?」

「わかった。でも俺も探すから。ケータイ持ってけよ。俺は駅前通りのほう見に行くから、お前、ワリーけど公園方面たのむわ、土浦」

「ラジャー!」

 俺はそういうと、すぐさま電話を切り、上着をとりに部屋に戻る。それほど寒い季節というわけではないが、さすがに五月はまだ、夜になると冷え込む。

 家族に子細は告げず、適当なことを言い置いて家を飛び出す。基本的に月森だのサタンだののような良家のボッチャンってわけでもないので、いちいち咎め立てられることはない。ピアノ教師をしているおっとりした母親だけは相変わらずの心配性だが、ここまで育ちに育った俺を子どもの頃のようにかまったりはしない。

 星の瞬く夜闇の中を、俺は公園通りに向かって走った。