星奏戦記<10>
 
 
 
 
 

 

 

「いや、別にそういう意味じゃなくて……そんなに深く考えるなよ」
 
 なぜかオタオタと困惑してしまう俺。どうにもこういうやりとりは不得手だ。

「深く考えるな? 君が言ったんだろう? 俺は……俺は……」

「ああ、だから、その……深く考えるなっつーのは、真剣にとるなってことで、俺は別に……」

「君はふざけて言ったのだとでもいうのかッ? 俺は少なくとも君に対しては、真剣に接してきたはずだ。言い争いになったことはあっても、誠実であったはずだ!」

 月森が声をあげた。

「お、おいおい、落ち着けよ。今、何時だと思ってるんだよ」

「そんなこと知るかッ! ちゃんと答えてくれ! 君にとって俺の好意は迷惑なのか?不快なものなのかッ?」

 わずかに目線の低い月森が、ぐいと迫ってくる。もう、なんて言ってやればいいのかわからない。さっきも言ったが、俺は、こいつのことをいけすかないヤツだとは思っているが、「嫌い」とか「迷惑」とか、そういうことではないのだ。俺に対して常に誠実であった、といってもらえればやはり嬉しいし、この愚直なまでの有り様は尊敬にすら値する。

 

「いや、だから迷惑なんかじゃねぇよ。あのときは、その……なんか志水まで巻き込んでグダグダ言われるのが鬱陶しかっただけで……」

「……志水くんを巻き込んでではないだろう。志水くんのほうが、強気の態度に出てきたんじゃないか」

「まあ、そうかもしれないが……あいつはほら、後輩なんだからさ、おまえもちょっとは気を使ってやれよ」

 なぜか諭す俺。

「……彼も君に好意を持っているようだな」

 冷ややかな声で月森が言った。徐々にいつもの調子に戻ってきている。

「志水がか? ああ、まぁ、一緒にコンクールに出ている仲だしな」

「それだけではないはずだ。俺や柚木先輩、火原先輩などに、彼はああいった態度はとらない」

 きっぱりと月森は言い切った。

「あー、じゃ、アレだ、ほら、普通科の先輩だからさ。気楽なんじゃねぇの?」

「…………」

「な、まぁ、そういうことにしとけ。ほら帰るぞ」

「……納得いかない」

 強情にも月森はそう言った。なんてやっかいなヤツなんだろう。

「君は、彼からの好意は迷惑ではないのか? 不快ではないのか? なぜ志水くんの肩ばかり持つんだ」

 ……おまえはガキか。

 思わず口からこぼれ落ちそうになって、俺はすんでの所で思いとどまった。下手な物言いをしたら、こんな時間にこんな場所で延々と口論になってしまいそうだ。

「だからさ、月森。別にお前が俺に好意を持ってくれているんなら、それはそれでいいぜ。特に音楽ってことになれば、ぶっちゃけお前を尊敬してさえもいる。そんなおまえにそう言ってもらえるのは、まぁ嫌な気はしねーよ」

「…………」

 月森の双眸が大きく見開かれる。

「でもよ……なんて言うか、正直、苦手なんだよ、音楽科の連中って」

「…………」

「例えば、柚木さんとかおまえの取り巻き連中とか……まぁ、火原先輩なんかはちょっと違うけど……こうナヨナヨしてて、女々しいっつーか鬱陶しいっつーか……別にそいつらはそいつらでいいんだよ。周りに迷惑かけてるわけじゃねぇんだし。ただ俺は苦手なんであまり関わり合いになりたくないだけだ。……っと話が少しそれたか」

「……君は、俺は音楽科で弱々しくみえて……鬱陶しくて嫌なのか?」

「……おまえな、極論すんなよ。少なくともおまえのことはそんな風に思ってねぇよ」

「……志水くんのことは?」

「志水? 本当にこだわるな、お前は。志水は、またちょっと違うな」

「どう違うと言うんだ」

「だから、あいつは後輩だろう。それに、俺やお前なんかと比べると小柄で力も弱そうじゃないか。自分よりも弱い奴にやさしくしてやるのはあたりまえのことだろ」

「……弱い?」

「ああ、だから弱いって言うのは、よくない意味じゃねぇぞ。ただ単純に、年下で小さいって表面的なことだけだ」

「……それは理解できる」

 唇に、形の良い指を押し当てて、思案げに月森はつぶやいた。

「なら、もういいだろ」

「……土浦」

「なんだよ、ほら立ち止まるな。まだ言いたいことあるなら歩きながら言え」

「土浦、もし、志水くんの好意が恋愛感情だったらどうする?」

「ブッフォォォォォッ!」

 俺は驚きのあまり吹いた。唾液が軟口蓋を伝わり鼻水が飛び出す。

「お、おまっ……おまっ……おまえ、何言ってんだよッ げほっ!ゲホゲホゲホッ!」

「だいじょうぶか、顔を拭いた方がいい」

 妙に冷静にハンカチなんぞを渡してくれる月森。糊のきいた綺麗な薄水色のハンカチ。

『だれのせいだ!』と怒鳴りつけたくなるところだが、鼻水を垂らして咳き込む俺にそんな余裕はない。ひったくるように、ハンカチをゴシゴシと顔面に押しつけた。

「擦ると赤くなると思うが……」

「あ、あのなぁッ! 月森、おまえそれフザケてんのか? それともネタかッ? 笑うトコなのか、今の?」

「??」

「『??』じゃねーだろッ! ああ見えてもアイツは男だぞッ!恋愛感情のわけないだろうがッ!」

 俺は必死の思いで言い返した。だが、月森のリターンはさらに俺の度肝を抜いた。