星奏戦記<11>
「柚木さんは俺のことがお好きなのだそうだ。あえていうなら恋愛感情らしい」
腕組みした、いつものポーズで、あっさりと月森は言った。
「ブッフォォォッ! グハァァァッ! ゲホゲホゲホッ!」
もうどうしようもなかった。俺のセンサイな神経は焼き千切れる寸前であった。
「土浦、少し落ち着かないか」
「おまッ……おまえ……」
情けないことに、俺は涙目にすらなっていたことだろう。
「おまっ……おまえ、サタンとそんなことになってたのかッ? まさかあの時、逃げ出してきたのは……」
「サタ……? 何が言いたいんだ?」
「おまえ、サタ……柚木さんとデキてたのか?」
俺は秘境探検隊の尖兵のようにビクビクしながら尋ねてしまった。
「デキ……って好ましい言い方とはいえないな。俺は柚木先輩のことをそういうふうには思っていない。それゆえ、彼の好意を受け取るわけにはいかないんだ」
「そ、それは、つまり要約するとデキ……いや、つきあっているわけじゃない、柚木さんの片想いってことか」
「そういうことになるのかな」
「そ、そうか、そうだよな。やっぱフツーつきあうなら女だよな、それがフツーだよな、そーだよな……」
俺はほとんど呪文のようにブツブツと唱えていた。となりの月森が少し不満げな表情でいることに気づきもせずに。
「土浦。誤解しないで欲しいのだが、俺が柚木先輩を受け入れられないのは、性別が理由だからではない。もっと単純に、彼に恋愛感情が抱けないだけだ」
「そりゃおまえ、あたりまえだろ。いくら見てくれが綺麗だからって、あの人は野郎なんだから」
「……たぶん、そうじゃないんだ。同性だからという理由ではない」
「いや、だっておまえ……」
「恋愛において、性別は重要な要素だとは思えないんだ」
「いやいやいや、めちゃくちゃデカイだろ、そこは」いつの間にか、俺たちは公園通りから、中心街にうつる街灯の下に立ちつくして話し込んでいた。俺が噎せかえって歩けなくなったことが理由だろうが。
月森は、少し間を置くと、声をあらため、俺に向き直った。小さく、コホンと咳払いをする。
「なぜなら、俺自身、君と親しげにしていた志水くんに嫉妬した」
「は?」
「そして君が、彼をかばう言動を繰り返すのに、非常に不快を感じた」
「不快って……」
「俺自身、この気持ちが柚木さんがいうような恋愛感情なのかどうか、よくわからないが、少なくとも今現在、俺にとって君は特別な存在らしい」
腕組みを外さず、無表情のまま、抑揚のない口調で奴はそう言ってのけた。
「え、あの……おっしゃる意味が……」
なぜか敬語になっている俺。
「言葉のとおりだ、土浦。君はよく聞き返しをするな」
いや……ここは聞き返すところだろう。普通の人間なら。
もう一度、コホンとひとつ咳払いをすると、今度はほんの少し照れたように、月森が言った。
「俺は、君に好意を持っているし、特別な存在だと認識している。志水くんの態度に不快を感じるのもそのためだろう」
「そのためだろう……ってオマエ……」
「ところでさっきの話の続きだが、……志水くんのあの親しげな態度が、もし恋愛感情からの行動だったらどうするつもりだ? 彼を受け入れるのか?」
今度は、キリリとした厳しい眼差しを向けて、月森は問うた。
「そんなことあるわけねーだろッ!」
やっとの思いで、俺は先ずそう言い返した。
「そりゃ……おまえ、百歩譲って、志水にその気があったとしても、俺はそんなこと考えたこともない」
「そうなのか、ならばよかった」
「いや、よかったとかそういう……」
「俺にしてみれば、君が彼に特別な感情を抱いてはいないとわかったのは、とても気分がいい」
笑みまで浮かべて奴は言った。
「気分がいいって……だいたい志水のことだって、あくまでもおまえの想像だろう。世の中には色んなヤツがいるんだろうから、別に同性愛がいけないっていうつもりはないが……人それぞれだしな」
「そうだな」
「とにかく君は、志水くんに特別な感情を抱いているわけではないということだな。ただ後輩だから親切にしてやっているということで」
「ああ、それに関しちゃそのとおりだよ」
「そこが一番重要なんだ、俺にとっては」
ずけずけと月森が言う。金やんが言ったとおり、俺に対してエンリョがないっていうのは本当のことらしい。
「ああ、もう、おまえにとってどうなのかは知ったこっちゃねーよ。とにかく志水は後輩だ、そんだけだ。ああ、ほら、歩くぞ。こんなところで立ち止まって話してる場合じゃないだろ」
「……行くのか?」
「行くのかって、何時だと思ってんだよ、ホラ!」
パクンと携帯電話を開けて見せて、俺は自分の方が飛び上がってしまった。
「うあッ! マジでかッ? ちょっ……1時前ッ?」
「12時45分か。けっこう時間が経っていたんだな」
すました顔で月森が言った。
「気づけよ、おまえッ! 俺たち、そんなに長く話してたのかッ?」
「もう翌日になるな。一夜明かしたことになる」
「さわやかに言ってんじゃねぇよ! ほら、急げよッ! おまえンち、こっからどれくらいだ?」
「もう大分近くまで来ている。10分もかからないだろう」
「よし、急げッ」
走り出そうとする俺に、月森はあからさまに嫌そうな顔をした。
「もうすぐ着くんだから、そんなに慌てなくてもいいだろう。それとも君は俺と一緒にいるのが嫌なのか」
「そんなこと言ってねぇだろうがッ! おまえの思考回路メチャクチャだぞ。ウチの人が心配して待ってるだろうし、俺もまだ帰ってねぇのが、親にバレたらさすがに面倒だ」
「安心してくれ。明日にでも俺が、直接君の家に謝罪に行く」
いっそ意気揚々と、とでも言ってやりたいほど嬉しそうに月森が宣った。
「バカ言ってんな! いいから行くぞ! おまえが動かねーと場所知らないんだよ、俺は!」
さすがにうんざりとして、俺は月森の腕を引っ掴んだ。もちろん十分気をつけてだが。ヤツが何か文句を言ってくるかと思ったが、思いがけず口を噤んだまま素直に引っ張られている。
月森の言ったとおり、そこからふたつばかり先の道を曲がると、いやでもわかる大邸宅が見えた。広間のあたりだろう、明かりがポッとついている。
「ほら、着いたぜ、月森。ちゃんとウチの人に謝るんだぞ」
「…………」
「早く行け。……フロ入って温まってから寝ろよ」
よけいなことかと思ったが、俺はそう言うと、月森の腕を放した。
「じゃあな」
俺は言った。ヤツは黙ったままだ。別にかまいやしない。それより俺も、さっさと家に着かないとさすがにまずい。
大分離れたところまで歩くと、俺は何気なく月森の家を振り返った。
……信じがたいことに、ヤツはまだ家の前に突っ立っている。こっちを見ているのか、黙ったままで立っているのだ。
一瞬、駆け戻って、怒鳴りとばして家に入れようかと思ったが、やめた。
俺にそこまでする義理はないはずだ。
いつまでも歩いていると、本当に月森が立ちん坊をしたままでいそうなので、俺は走り出した。