星奏戦記<12>
 
 
 
 
 

 

 

「ハァッ、ハァッ!……ハァッ!」

 登っても登っても先が見えない。

 しだいに息が上がり、額を汗が伝う。

 

 天までとどかんばかりの螺旋階段は、白味の強い大理石で出来ている。宝石箱をひっくりかえしたような、無数の星がまたたく夜空が、俺の周囲を覆い尽くす。

 階段は地上から雲間を突き抜け、それこそジャックの豆の木のごとく天へ向かって伸びているのだ。

 そこを俺は走る。ただひたすらに走る。

 ふたりの従者をしたがえて。

 

 (……ふたりの従者?)

「……ふたりの従者って……お、おいぃぃぃ! ちょっと、なに? 何、アンタら! 金やん? 火原先輩ッ?」

「うぉあッ! バカヤロッ、急に止まるんじゃねぇ! 土浦ッ! あぶねーだろ!」

 俺がふりむいたせいなのだろう。緑っぽいフーセン袖の、キンキラした服を着た男が怒鳴った。金やん……金澤先生である。ドスンと音を立て、俺の胸元あたりにぶつかってきやがったのだ。

 あぶねーな、ホントに! こんな階段から落ちた日にゃあ、頭がつぶれトマト状態だろう。しかし、何故に、こんな階段を駆け上がっているのか。だいたいこんな空の真っ直中に階段が繋がっているのがおかしい。建物一つ見えやしないのに。

 

「おーい、土浦! 止まんないで! 急いでるんだろ、おまえ!」

 金やんの後ろから、火原先輩が……ああ、彼は火原和樹サンといって、音楽科3年でトランペットを専攻している上級生だ。音楽科の生徒としてはめずらしい、活発でやんちゃなタイプの先輩である。

「ホラ、ボケんなよ、土浦! 早く行こうぜッ、金やんもしっかりしろよ!」

「いや、もぅ……ちょっ……走りっぱなしじゃねーか、だから土浦に付いてくんのはイヤだったんだよ……俺、年なんだからさ……」

「情けないこと言わないでよ、まったく! ほら、土浦、ゴーゴー!」

 火原先輩……いや、従者Bが言った。従者Aは座ったまま疲れ切っている。

 

 ……従者?

 オイ、ちょっと待てよ?

 

 というか、金やんも火原先輩もこんなところでいったい何をやってんだ?

 よくよくみれば、火原先輩はショッキングピンク、金やんはショッキンググリーンの、おそろいの衣装を身に纏い、腰には長剣を携えている。エリマキトカゲを彷彿とさせるような、ビラビラのついた衿……ふくらんだ袖からもレースが覗き、頭にはご丁寧に羽付帽子まで被っているのである。

 

「……いや、あの……金やんも火原先輩も……そのトランプの絵柄みてーなカッコ……何スか? っつーか、何で俺ら、こんなトコにいるわけ?」

 俺は訊ねた。

「……人にツッこむ前に、おまえも自分の格好、確認しろよな。だいたい、俺たちゃア、おまえに協力して、こんなとこまでついてきてやったんだぞ、なぁ火原?」

「そうそう。ホラ、早く助けに行かなきゃ」

「な……助ける?」

「モタモタしてる時間無いんだろ、土浦王子」

 

「……は? 何スか、ソレ……王子?……ってギャ〜〜〜〜ッ!」

 俺の言葉はそのまま悲鳴……というか雄叫びに、とって変わってしまった。

 金やんに指摘されるまでまったく気づかなかった……俺の格好ときたら……ああ、もう、ご先祖さまに顔向けができないというか、ムコに行けなくなるというか……なんというか……

 

 ……俺の衣装……

 ……鬱陶しいくらい、ふんだんにレースの使われた胸元のリボン……結び目の真ん中にはルビーのブローチがついている(紅いから多分そうだと思われる)。上着の袖口からもレースがはみ出し……

 ……そして……そして、なんと下は……下に穿いているのは……

 ……とても正視できないが……

 

 ちょーちんブルマーを穿いているのだ!

 

 そして、とどめが……この衣装は上から下まで、輝くばかりのホワイト……白装束なのである。

 

 金やんと火原先輩のエリマキトカゲも衝撃だったが、俺の提灯ブルマーのインパクトにはかなわない。

 華のようなレースとリボンに縁取られた上着に、ホワイト提灯ブルマー……

 

 ……人としての尊厳をなくした気分にさえなる。

 

「ちょっ……なんだよ……何なんだよ、このカッコは! この服……王子って……」

 俺が絶望的な気持ちで、口を開いたその時であった……

 

 

「フフフ……よく来たね、待っていたよ」

 その声はパニックに陥る俺の背後から聞こえた。

「まったく、よくもまぁ、こんなところまで。君のそのありあまる体力だけは尊敬に値するね、土浦くん」

 

(で、出た〜〜〜っ!) 

 俺は、絹を裂くがごとき悲鳴をあげた。ただし心の中で。

 

 そこには……あろうことか……あろうことか……いやむしろこの流れから、当然至極のようにサタン柚木が御座した……

 

 さっきまでは星の瞬く虚空であったにもかかわらず、その場所だけ大理石と暗雲が広がり、巨大な室の一角のようになっている。なにか獣の毛皮のようなつややかな敷物が、あたりに敷き詰められ、寝椅子を象った黒い雲のなかに悪魔が居た。

 なぜか髪がとぐろを巻くほどたわわに伸び、敷物の方までに滑り落ちている。

 彼の華奢な身体をすっぽりと覆う、瀟洒な漆黒の衣装。

 あまりに重厚な衣装は、線の細い彼には重たそうに見えないでもなかったが、魔王の風格がそれを凌駕していた。

 

「サタ……いえ、柚木……サン? な、何してんスか?」

 まぬけにも、俺はそう問いかけた。

「おやおや、ごあいさつだねぇ」

 おおげさな手振りを加え、頭をふるサタン。

「あ、いえ、スンマセン。その、何かコスしてるし……どうしたのかなって……あ、火原センパイたちもいるんスけど……」

「……そう、いくら君が忠実な従者をつれて乗り込んできても無駄だよ」

「いえ、あの、話聞いてます?」

「姫は返さない。この子はボクのモノになるんだから」

「は? なに……電波?」

 なぜか得意そうに言い放ったサタンは、女のように細い手をすっとかたわらに滑らせた。寝台にかかった黒絹の織物を静かに滑らせる。

 

 そこにあらわれた人物を見て……

 

 ……俺はそのまま、その場に気絶しそうになった……