星奏戦記<13>
 
 
 
 
 

 

 

幾重にも敷かれた黒天鵞絨の上に、ひとりの人間が横たわっている。

 

 この流れでいくと、「ヤツ」が姫なのだろう。どう見ても女には見えないが。

 そいつは、この不可思議な世界を、ど頭から否定するように、見慣れた星奏学院の制服をきっちりと着込んでいる。

 両手を腹の少し上くらいで、ゆるやかに組み合わせ、心地良さげに眠っているのだ。

 

「なっ……? つ、月森ッ!?」

 俺は奴の名を呼んだ。

 返事はない。眠ったままだ。

 そのあまりにのどかな様子に、俺はフツフツと怒りがこみ上げてくるのを止められなかった。

「おいぃぃぃッ! 月森! てめー、フザケんなッ! なに、寝こけてやがるッ! こんなトコでまで俺に手間かけさせんじゃねェッ!」

「ちょっ……まぁまぁ、落ち着けよ、土浦。熱くなんなって」

 金やんが後ろから、俺の肩に手をかける。

「うるせぇ! 落ち着けっかよッ! もう、ホント、こいつ何なんだよ! 昨夜は勝手に行方不明になりやがるし、今度はサタンちで居眠りかよッ!」

「おい、暴れるなよ、ここ不安定なんだからな。落ちたら……どうなるかしらねーけど」

 ……金やんの言葉に、一瞬ひるむ。

 そうだった。ここは地上からはるか上空。雲の谷間に出来た神殿(?)なのだから。冷たい汗が背を伝うのを感じたが、それどころではない。

 俺の剣幕がよほどだったのだろう。あっけにとられているサタンを横目に、俺はズカズカと寝台に歩み寄った。

「つ、土浦くん? 手荒なマネは……」

 サタンが何か言うがしったこっちゃない。

 のんきに眠っている男の肩を、がっしとばかりに掴みしめると、俺は怒鳴りつけた。

「コラァ! テメーっ! 起きやがれ、コノヤローッ! 最後にゃしばくぞッ!」

「君ッ! やめたまえ、姫に……」

「なにが姫だ、気色わりぃ! おい、月森ッ! なぐられたいのか、てめぇは!」

「…………」

 しぶとい男だ。眉一つ動かしもしない。

「この〜ッ! どこまで勝手な野郎なんだッ! 起きろ、おきろ、オキローッ!!」

 音にしたらぐわんぐわんと聞こえてきそうなほど、俺はヤツの身体をゆさぶった。俺よりはだいぶ華奢なつくりの長身が、無防備にふらふらと揺れる。それにもかかわらず、こいつは呼吸のひとつも乱さないのだ。

「おいっ!月森! てめー、ナメてんのかッ!」

 俺がふたたび、怒鳴りとばした、そのときである。

「無駄ですよ、土浦先輩」

 場違いなほどに落ち着いた声が、俺の激昂に水を浴びせた。

 

「な……お、おまえ……し、志水?」

「ええ、もちろん。……なんですか?おかしな顔をして。ボク、どこか変ですか?」

「いや……ええと……」

 俺は毒気を抜かれて口ごもった。少し困ったように首をかしげる志水。

 どこか「変」といえば、ヘンだろう。

 俺の知っている志水は、背中に黒い羽など生えていないし、しっぽもない。片方の肩から袈裟懸けに巻き付けた薄い布地が腹の真ん中あたりで留めて、腰から下をミニスカートのように覆っている。

「出たなッ!使い魔・志水! 土浦王子、気をつけて! そいつはサタンの使い魔ですっ!」

 まるでRPGの勇者のように、火原先輩が言った。そのまま腰のサーベルをするりと抜く。

「ええっ! ちょっ……そんな、刃物なんて、やばいスよ、火原先輩!」

「なにをしている王子! 俺が使い魔を引きつけている間に、早く姫を助け出さないかッ!」

 妙にノリノリの火原先輩である。

 この流れから推察するに、ラスボスはどうみてもサタン柚木だろう。

 ってコトは、俺はサタンを倒し、姫(月森)奪還するために、ここまで来たということになるのか?

「いくぞっ、使い魔・志水!」

「別にボクはどっちでもいいんだけど……火原先輩は暑苦しいなぁ……」

「とめんなよ、金やん!」

「とめてねーだろ」

「おまえも止めんなよ、土浦王子ッ!」

「いや、止めてねースよ、先輩……でも……」

 複雑な心境だ。

 ぶっちゃけ、姫もなにもどーでもいい。何故に俺は息をきらせ、汗びっしょりになりながら、こんなところまで来てしまったのか。何故に、こんな恥ずかしいコスプレをしてまで、月森をサタンの魔手(?)から守らなければならないのか?

「いや、もう、さっさと起こして帰ろう……」

 俺はつぶやいた。呼吸から魂が抜け落ちてしまいそうなほど、疲労を感じる。

「おいおい、土浦、脱力してんなよ。しかたねーだろ。ここまで来ちまったんだから」

「人ごとだと思ってんだろ、金やん……」

「人ごとだけど、とりあえずテメーについてきたわけだから。俺も早く帰りてーし、月森つれて来いよ」

 金やんのいうことはもっともだ。

「わかってるよ……」

 俺は、もう一度寝台に近づくと、今度は締め上げるつもりで、胸元をくびり上げた。

「おおい!マジで殴るぞ、月森! さっさと帰るぜ、起きやがれッ!」

 形のよい眉がつらそうに寄せられる。

「ちょっと無茶しないでくださいよ。壊れちゃいますよ、月森先輩。ま、ボクはどーでもいいけど」

「しかたねーだろ! こんなとこに長居したくねーんだよ」

「でも、苦しそうにしてるじゃないですか」

「起きないコイツが悪い!」

「さっき言ったでしょ。そのままじゃ起きませんよ。姫は呪いをかけられてるんですよ」 

「……呪い?」

 俺と従者二名の声が重なった。

 ……ドラクエじゃねーんだからよ……

 俺は心の中でつぶやいた……