星奏戦記<14>
 
 
 
 
 

 

 

「おい、なんだよ……呪いって。おだやかじゃねーな」

 俺は言った。どうもまじないだの占いだの、超自然現象的な類のコトは苦手だ。

「呪いねェ。ああ、まぁ、そんなこったろうと思ったよ、流れ的に」

「何だよ、流れ……って、アンタなんか知ってんの、金やん?」

「……土浦、おまえ、あんまり童話とか昔話みてーなモン読まなかったクチだろ。この成り行きに覚えがねぇとは、情けねーガキだな」

 無礼にも金やんはそう言って俺を見た。わざとらしいほどの大きなため息をついてみせる。

「なんだよ、それ。俺はフィクションは読まないんだよ。男は黙ってノンフィクションだろ」

「しかたねーな、教えてやれ、先輩として。ホレ、火原」

「えっへん。ホント、しかたねー王子様だな。眠った姫を起こすにはチューしかないだろ、チュー」

「……は?」

 俺は惚けたように……いや、実際惚けたのだから「ように」はいらないな。口をぽかんと開けてしまった。

「『は?』じゃないだろ〜、土浦王子! チューだよ、チュー!」

 あっけらかんと火原先輩が言う。口調のワリには瞳がランランと輝き、ひどく興奮している様子に見える。

「……ちょっと……なに言ってんスか、先輩……」

「バカだなぁ!土浦ッ! お姫サマは熱いチュウで目を覚ますんだよ、お約束だろ!」

 ……いや、「お約束だろ」じゃねーだろ……

 何、恐ろしいことをさわやかに言ってやがんだよ……この人は……

 相手は男だぞ……? 姫とか言ってても月森なんだぞ……チ○コ付いてんだぞ……

 

「……そんなら火原センパイがしたらどうスか?」

 俺は言った。地を這うようなうめき声になっていたに違いない。

「えーっ! ダメダメダメッ! だって、オレ、好きなコが……」

「……せんぱい……」

「いや、じゃなくて! だって、フツー、こういうのは王子の役目って決まってんだよっ! なぁ、金やん!」

 焦って金澤センセに振る火原先輩……なんてわかりやすい男なんだ

「え? それ、だれっ? 好きな子って、なぁなぁ火原!」

「そこじゃねーだろ、突っ込むのは!」

 思わず金やんをどつく俺。

 

「……やれやれ、君たちは本当にまとまりがないねぇ。何のためにこんなところまでやってきたのやら」

 細い指で形の良いアゴをつまむと、いかにも嘆かわしいと言わんばかりにサタンは天を仰いだ。                    

「でも、安心しなさい。かわいそうな眠れる姫君は僕の口づけで目覚めさせてあげる」

 うっとりとサタンは言った。

 まぁ、目ェ覚めりゃそれでいいんじゃねーのとさえ思えてくる俺。

「君たち……無駄足だったね。僕の口づけで覚醒すれば、この子はもう僕しか見えなくなる。一生側に置いて可愛がってあげるから心配はいらないよ」

「ええ……ッ!」

 ダメ王子の俺とダメ従者どもの声がかさなる。

 スンマセン、これ18禁小説じゃないんスけど……    

 さわやか学園ファンタジー路線を、大きく逸脱したセリフに、さすがに人としていけないものを感じる。

「いや……ちょっと……あ、あの、サタ……柚木さんッ!」

 俺はなんとか口を挟んだ。

「何かな?役立たずの王子くん?」

 余裕すら見える受け答えだ。

「うっ……いや、でも、その……やっぱ、マズいんじゃないスか? そーゆー一生のコトを……本人の承諾も得ずに……」

「仕方ないよね、この子が眠っているんだもの。これは月森……いや、姫を救うための

キスでもあるんだから」

「いや、そう言われるとこっちとしても……その弱いんスけど……でもやっぱケジメって大事かなって……」

(おいっ! なに言ってんだよ、土浦! なんだよ、ケジメって!てめーはいつからそんなマジメな生徒になった?)

(いや、オレ的にはわかるよ。すごい大事にしたいよな、そーゆーコト)

 何の役にも立たない言い争いをする従者AB。もう泣き出したい気分だ。

「だから……あの……とりあえず、コイツの起きるのを待って、そんでみんなで忌憚ない話合いを……」

 我ながら、学級委員のようなセリフだと思う。だが、人間本気で困ると、学級委員になるのだということだけはわかった。

「ごめんね、僕はそんなに気が長くないんだよ」

「いや、そこをなんとか……」

「それにね」

 にいっとサタンが微笑んだ。背筋が凍り付くような邪悪な微笑。なまじ造形が良いため、凄みがあるのだ。

「そ、それに?」

「目覚めの口づけは……契約でもあるんだよ」

「契約……?」 

「そう」

「ど、どんな?」

「決まっているでしょう? 目を覚ましたそのときから、身も心もすべて僕だけに捧げ、僕だけのものになるという……大切な契約だよ……」

「ヒ〜〜〜〜〜ッ」

「ヒャァァァアァァ〜」

 俺の背後に隠れたふたりが、情けない悲鳴をあげ抱き合ってふるえている。

 

 ……気持ちは分かるが、てめーら従者だろ?

 マジで役立たねーなッ! シャンとしねーか、シャンと!!

 

「……いや、あの……柚木センパイ……やっぱ、ちょっとその辺……人としてどースかね……契約とかって一方的で……あの微妙じゃ……」

 なんとか取りなそうと努力する。残念ながら俺もシャンとできていないらしい。

「フフ、心配には及ばないよ。僕は自分のしていることを、誰よりもよく分かっているから」

「あ〜、そースか? そーデスよね〜 ハハハハ……」

 

 ……困った。

 俺は一生分の困惑を、ここで感じることになるのかというほど、困窮した。