星奏戦記<16>
 
 
 
 
 

 

 

 

……リリリリリリリリ……

 

(ああ……ついに俺は……)     

 

……リリリリリリリリ……

 

(やっちまった……なんか身体が……熱い……)

 

……リリリリリリリリ……  ……リリリリリリリリ……

 

(……下半身がジリジリするぜ……いや……ちがう……そんなはずは……)

 

……リリリリリリリリ……  ……リリリリリリリリ……

 

(なんだよ……うるせぇな……)

 

ジリリリリリリリリリリリリリリリリッッ!!

 

「うあぁぁぁッ!」

 がばりと起きあがると、そこには見慣れた風景が広がっていた。

 広くもない6.5畳の部屋。すぐに目に入るのは、壁につるしてあるサッカーボールだ。ベージュ色の絨毯の上で、目覚まし時計ががなり立てている。 

 俺は大股開きで布団の上に横たわっていた。

 ……びっしょりと冷や汗をかいて……

 

 脳みその覚醒が追いつかない。

 まだ目の前を、制服を着たお姫様がチラチラ動き回っている。

 信じられないほど柔らかかった、唇の感触。

 

「……なんだ……夢かよ……」

 俺は阿呆のようにつぶやいた。

「そーかよ……そうだよな……夢だよな……いや夢でなきゃヤバイだろ……」

 廃人のようなつぶやき。家族に気づかれていないのがわずかな救いだ。

 しかし、唯一、夢で無い部分があった。

 

 俺は股間の熱を抱えながら、よろけるように便所へ走った……




                              ★

 

 

 ダーッシュッ!ダーッシュッッ!

 やばい!もう風紀委員が正門に立ってやがる!

 いや、だが大丈夫だ!サッカー部で鍛えた脚力は伊達じゃねぇ!

 すべてを忘却の彼方に追いやるかごとき、この速さ、力強さ!

 今朝の屈辱的な記憶も、すぐに記憶の彼方に追いやってやる!

 俺だって健康な高校男子だ!起き抜けにああいうことだってある。だが同級生のオトコ相手に勃ち上がる俺の分身には、なにか致命的な欠陥があるのではなかろうか。

 

 いや、今はそんなことを考えている場合ではない。

 ダーッシュッ!ダーッシュッッ!

 

 案の定、俺はチャイムと同時に校門をすり抜け、教室へと突進した。ぎりぎりセーフだ。 

 コンクールの間、朝練と称して、練習室でピアノを弾くことにしている。そのために目覚まし時計をいつもより早い時刻に設定してあるのが幸いした。

 あの後、便所から風呂場に駆け込んで、隅々まで洗い清めた俺であったが、ギリギリ始業時間には間に合った。

 音を立てる勢いで教室のドアを開ける。

 

「よう、土浦、ギリギリじゃん」

 サッカー部ではないが、よくツルんでいる小宮山が声をかけてくる。

「おう、ちょっとな。寝過ごした……と、コミヤン、一限……」

「選択だろ、早く行こうぜ。まぁ金やん来るのおせーけど」

 俺の選択授業は音楽だ。

 美術は作品を提出しなければならないし、習字は準備や後かたづけが面倒くさい。消去法でいくと音楽が残る。

「おお、悪りぃ。行こうぜ」

 昨日の今日で金やんに会うのは何となく鬱陶しかったが、授業なので仕方がない。

 そういえば、夢の中でヤツはミドリのエリマキトカゲであった。その姿を思い浮かべてやり過ごそうと考えたが、それではホワイト提灯ブルマーに行き着くことに気づき、却下する。 

 授業が終わった後、金やんが何か言ってくるかと思ったが、特になにも言われなかった。事情はすでに月森のほうから聞かされているのかもしれない。

 多少、拍子抜けした気分で、教室に戻る。

 ……だが、それはこの後に続く、嵐の前の静けさに過ぎなかったのだ……