星奏戦記<17>
 
 
 
 
 

 

 

 

「すみません。あの、土浦くん……いますか?」

「え、あ、つ、月森くん? うそッ あ、ごめんなさいッ」

「いえ、土浦……くんを呼んで欲しいんですけど」

「ちょ、ちょっと待って下さい! つっち〜ッ! あ、あれ、ねぇ? つっちーは?」

「ええっ、ちょっとあれ音楽科の月森くんじゃない! キョーコ話したのッ? ずる〜い!」

「ちょっと待ってよ!ねぇ、つっちーは? 待たせちゃ悪いじゃない!」

「わ〜、ナマ月森くん……ステキ……」

「ステキはいいから、ちょっとつっちーの選択って何だっけ?」

「えーと、音楽じゃん? あいつ」

 

「あの……すみません……いませんか?」

「あっ、ご、ごめんなさい! うちのクラス、一限、選択授業で、まだ戻ってきてないみたいなんです。す、すぐ来ると思うんだけど」

「そうですか……じゃあ」

「あ、来た! よかった、来たよ、月森くん! つっちーッ! つっちーッ!急いで!お客さんだよ!」

「あ、君……そんなふうに……」

「『君』だってッ! キョーコばっかずるい〜ッ!」

「やだっ!やめてよ、恥ずかしいじゃん!」

「土浦く〜ん!のんびり歩いてないで急いでよーッ!」

 

 俺はこのとき、俺の身の上になにが起こっているのか察した。

 奇襲だ。

 真っ昼間の真珠湾攻撃だ。

 小宮山をおいて猛ダッシュする。

 

「オイィィィッ! つ、月森ッ? てめー、何してんだよ、こんなところでッ!」

 俺は叫んだ。少し驚いたように目を見張る月森。

 到底、友好的とはいえない俺の態度に、クラスの女子どもがあからさまに非難の目を向ける。

「いや、おい、なんだよ、わざわざ普通科まで……」

 俺は少し声のトーンを落として訊ねた。

「あ、ああ、昨夜のこと……きちんと礼も言ってなかったから……」

「さ、昨夜ッ?」

 このとき、俺は今朝方の悪夢を思い出していた。

「ああ、俺は……その……あんなこと初めてで……自分でも気が動転していて……」

「え? あ、ああ」

「君と別れた後、ひとりになったら、なんだかひどく恥ずかしくなってしまって……あまり眠れなかったんだ」

「ああ、そう……」

 俺は少し間をおいてから、適当に相づちを打った。

 バカバカしい。俺の夢は関係ない。月森の言っているのは、行方不明事件のことだろう。 本当に自分のしたことを恥じているのか、月森は顔を紅くして、弁解というか謝罪というか、そう言ったことをくどくどしく口にしていた。

 

 ……俺はうかつだった。

 早々に場所を移すべきだったのだ。

 クラスのこうるさいギャラリーの存在を忘れていた。

 彼女たちはいったい何を期待しているのか、一様に目をカッと見開き、俺たちのやり取りを凝視しているのだ。

 

「土浦? 聞いているのか?」

「え、いや、あ、ちょっと待て」

「土浦?」

「ああ、ええと、悪りぃけど、俺、ちょっと用あるんだワ」

 女子の視線をさけ、俺は月森を促しつつ言った。

「あー、その、放課後……は、まずいな、練習がある」

「…………」

「えーと、あ〜、そうだ、お前、昼は?」

「え?」

 とまどった様子の月森。

「いや、だから昼休みだよ、ヒマか?」

「あ、ああ、別に予定はないが」

「あー、えーと、悪いけど、まだ話があんなら、そん時聞くから」

「そうか、わかった」

 月森が頷いた。はやく教室に戻らなければ、女子どもに何をうわさされるかわかったものではない。俺は返事を聞くのもそこそこにきびすを返そうとした。

「待ってくれ、昼にどこに行けばいいんだ」

「あ〜、学食! おまえ、どうせ弁当だろ。持ってこいよ」

「わかった! ……その、楽しみにしている」

 そう言うと、月森は軽く手をふり走り出した。予鈴が鳴ったからだ。

 楽しみにしているってのはなんだ? いわゆる社交辞令ってヤツなんだろうか。

 まぁ、いい。とりあえずこの場はしのげる。昼飯を一緒にするのは、多少肩が凝らないこともないが色々と言っておきたいこともある。

 昨夜の件については、もう気にする必要はないと念を押しておこう。それから……一応、柚木さんには気をつけろと忠告しておくことにする。……一応だが。

 

 そんなことを考えつつ、鬱々と授業をこなしていると、昼休みはあっという間にやってきた。