スポーツの秋物語<4>
  
 
 土浦 梁太郎
 

  

 今日の委員会は空き教室の視聴覚室でおこなわれる。

 教室の前面にスクリーンが張ってあり、机の方はいわゆる講義室形式で、個別の机ではないのだ。広めの教室がここちよい。

 開始10分前。まぁ、いい時間だろう。

 何度か顔を合わせている他のクラスの体育委員が、「よぅ」と軽く手を上げてきたので、そちらのほうへ足を進めようとしたとき、人が増え始めた教室でも、良く通る声が響いた。

 

「土浦!」

『え?』と思い、そちらを振り返ると、一時期十分すぎるほど見慣れた顔があった。

「つ、月森?」

「土浦。さっさと席についたほうがいい」

 そういうと、この上なく偉そうな所作で、自分のとなりの座席を指さす。これもまた十二分に見慣れた所作だ。

 この場合、俺は親しくしている普通科の友人のほうへいくのに、何のはばかりもないはずなのに、月森に指図されると弱いのだ。なぜか奴の物言いは、妙にせっぱ詰まった印象を受けるからだ。

 しかし、なぜ、彼がこの場所にいるのだろう。

 そもそも、招集をかけられているのは、各クラスの体育委員のはずなのだが……

 

「久しぶりだな、土浦」

「え……あ、いや」

 一昨日も正門付近ですれ違ったのだが。一応、お互いあいさつも交わしたし。

 しかし、こうも力強く言われると、頷く他はないだろう。

「っつーか、なんでおまえがここに居るんだよ。体育委員じゃないだろう」

「今日の招集は、体育委員と保健委員だ。体育祭ともなれば、怪我人も出るだろう。それなりに連携を取る必要がある」

 すました顔で月森がそう応えた。

 なるほど、そう言われてみれば、以前の委員会の時、そんな合同会議の話が出ていたっけ。救護所の場所を決めたりなど、さまざまな役割分担があるらしい。

 もちろん、保健委員だとて、選手として出場する人たちも多いはずだから、上手くローテーションを組まなければならないのだろう。

 

 

 

 

 

 

「えーあー、そういや、ここんとこゆっくり話してなかったけど、体調とかどうだ?」

 例の遭難事件から、あまりふたりで会話する機会も多くなく、なんとなく間が持てずにそんなことを訊ねてみた。

「体調?……もう、あれからどれほど経っていると思うんだ。今は何の問題もない」

 素っ気なく月森が応えた。

 ……ったく、相変わらずの突っ慳貪だ。こっちはそれなりに気を使ってやってんのに。

 だが、こんなところで、月森と口論をするつもりなど皆無だ。まもなく委員会が始まるし、どうやら当日は保健委員との協力も必要なようだから。

「ああ、まぁ、そんならいいけどよ。あれからもう二ヶ月弱……か?早ぇよなぁ」

「土浦。そもそも身体の心配をしてくれるのであれば、もっと頻繁に会って話すべきではないだろうか」

 隣の席という至近距離から、じっと俺の目を睨め付けて、月森はやや厳しい口調で問いただしてきた。

 いや、本人にそんなつもりはないのかもしれないが、まさしく、『問いただして』といった雰囲気なのだ。

「いや、まぁ、そういう深い意味じゃ……」

「ごほん。いずれにせよ、あのことは……大変ではあったが、今思い返すと感慨深い物でもあったな。俺にとってはある意味、良い経験だったとさえいえる」

 意外なことを月森が言った。

「そっかぁ?命がけだったんだぜ」

「もちろんわかっている。だが……これまでの生活では知らなかったことに色々と気付けた。自分自身の本当の気持ちも……」

「ふぅん」

 月森の抽象的な物言いは、今に始まったことではない。

 まぁ、あの特殊な環境下だ。物思いも多くあったのだろう。

 月森はまだ何か話したそうであったが、まもなく、委員長が教室に入ってきた。そのままいつものように委員会が始まった。