スポーツの秋物語<5>
  
 
 土浦 梁太郎
 

  

 

 次に月森が話しかけてきたのは、委員会が終わって、教室を出ようとしたところであった。

 俺も月森も働かせやすい二年生ということで、それなりの役目を与えられたが、まぁたいしたことじゃない。もっとも保健委員の仕事は負傷者や病人相手になるのだから、進行がメインの俺たち体育委員よりも比較的重いものといえるだろう。

 

「土浦、ちょっといいだろうか?」

 これまた有無を言わせない口調で、そう声を掛けてくる。

「お、おう」

 加地を待たせているから、あんまりのんびりしてもいられない。

「同じ白組として訊ねたいのだが、君はどんな種目に出るんだ?」

「ああ、100mや1500m、後、リレーだろ。騎馬戦にも人数足りなくてエントリーしてる。他にもちらほらあるかな。基本的には走り系の競技だな」

 隠すようなことでもないので、俺は正直にそう応えた。

「そ、そうか……すごいんだな」

「そうでもねーぜ。加地なんかもいろいろエントリーしてるしな」

「加地くん……そういえば、彼は君と同じクラスだったな」

「おう。加地もスポーツはほとんどの競技をこなすからな。体育祭でも頑張ってもらうつもりだ」

「…………」

 なぜかそこで黙り込む月森だ。また俺はなんらかの失言をしてしまったのだろうか。

 ごほんとひとつ咳払いをすると、気を取り直したように、ふたたび彼は口を開いたのであった。

「障害物競走は?」

「へ?」

「だから……各組ごとの障害物競走があるだろう。あれも加点されるはずだ」

「ああ、そういやそんなのもあったな。いや、俺は別に出るつもりは……」

 そういいかけたときである。これまたきっぱりとした切り口上で、月森は『宣告』した。

「参加するだけでも加点になる。君は体育委員として、エントリーすべきではないか?」

「いや……まぁ、他の競技にも出るしな……」

 もごもごと濁す俺に、彼はさらに言葉を重ねた。

 

 

 

 

 

 

「土浦、君はもう誰とペアを組むのか決めてあるのか」

「いや、だから俺は障害物には……」

「そうか。ならば、同じ白組、同学年の俺が申し込もう……!」

 まさしく最後通達といった風情で、月森は言い切った。

 その瞬間、俺たちふたりの間に一陣の風が吹き抜けていった。

 委員会が終わって、俺たちの傍らを通り過ぎる人々が、珍獣を見るようなまなざしをこちらに向けてから、そそくさと部屋を出て行く。

「あ、あのな、月森……」

「君と俺ならば、身長のバランスも悪くはないし、障害物競走は頭脳プレーを必要とする。状況に応じた的確な判断力は、お互いあの試練の夏で培われたはずだ」

「いや、だからな……」

 力強く言い切る月森に、俺の言葉はかき消されがちだ。

「では、そういうことで。エントリーは君の方でしておいてくれ」

「いやいやいや、ちょっと待てって!だいたい、おまえ、体育祭出るのかよ?音楽科は有志参加だろ?去年だって……」

 そこまでいうと、月森は、

「去年までの俺とは違うんだ」

 と、宣った。

 ツンと顎を上げ、腕を組んだお決まりのポーズでだ。

「違うって……おまえ……」

「この一年……いや、二年生になってからの半年足らずで、ものすごくいろいろな経験をした。学内コンクール、合宿しかり、だ」

 噛みしめるようにひとつひとつ頷きながら月森は言う。

 しかし、それらと障害物競走がどうつながるのだろう。

「それゆえに、今年の体育祭には可能な種目のみだが、参加してみようと考えている」

「いや……だったら、短距離走とか、そういう無難なセンで……」

「障害物競走は、知力体力時の運のすべてを試される高レベルな種目だ」

 月森は言い切った。俺的には、いわゆる余興的なバラエティ種目にしか感じられないのだが。

「おまけに、学年やクラスの範疇を超えてペアを組めるという利点もある」

「ああ、まぁそれはそうなんだが……」

 曖昧な態度で、回避を試みる俺を完全に黙殺し、月森はよりいっそう声を高めて言葉を続けた。俺たちの傍らを通り抜けて行く人々の目線が痛い。

「以上の理由をもって、君と障害物競走に参加しようと思う。よろしく頼む」

 サッと勢いよく差し出されたのは、彼の右手であった。

 話の流れ的に『握手』ということだろう。もちろん、俺の手はユーレイのそれのように、空を泳ぐばかりだが、驚くべき強引さで月森は、ぐいと手を握りしめると、ぶんぶんと上下に振り立てたのであった。