北の国から
<1>〜<5>
 
 
 
 

 

  その日、 張コウ将軍は大変機嫌がよかった。

 日頃の手入れに抜かりのない肌は、つやつやと健康的に輝き、みずみずしい桜色をしている。背に長くのばした髪のつやも美しく、彼が歩くたびに、椿油の芳香がふわりと辺りに漂った。

 張コウ、字を儁乂。

 知る人ぞ知る、曹魏の名(迷?)将軍である。

 

「ずいぶんとごきげんでござるな、張コウ将軍」

「おーや、これは張遼殿! うっふっふっ、あなたの目にはそう見えるのですねぇ」

 たえず口元に笑みを浮かべ、目じりを下げていれば言わずもがなである。

「う、うむ。あからさまにそう見えるが.....

「ま、おかしな張遼将軍! 私はいつもと変わりませんよ!」

 ちょんと、茶目っ気たっぷりに、張遼の鼻の頭を指先でつつくと、張コウはきびすを返した。石化した張遼は放置したままである。

 張コウが上機嫌であるのには、もちろんれっきとした理由があった。

 まず、ひとつめには、邪魔者周瑜くんを、孫呉に送り返したということ。

 彼の許昌での滞在期間は、思いのほか長きに渡った。身柄を拘留するよう命じたのが、他ならぬ主君曹操であったことが、さらに張コウの不快を高めたのであった。

 憎き周公瑾が許昌から出ていったことは、張コウにとって、くす玉を割り、花をまき散らせて祝いたいほど、嬉しいことだったのである。

 そしてふたつめは、その使節として同行していった軍師司馬懿と夏侯惇将軍が、先日遅くに、無事帰還したことである。

 

 張コウは美しいもの、優れているもの、強いものが大好きであった。

 軍師司馬懿は容貌麗しく、明晰な頭脳を持ち、かつ剣の腕も確かな美丈夫であったし、夏侯惇も一見武骨な人物に見えるが、機知に富んだ名将軍であった。もちろん大刀を扱わせれば、右に出るものはまずいない。

 黒羽扇の名軍師、隻眼将軍のふたりは、張コウの一番のお気に入りだったのである。

 

「あー、空気が澄んでいて美味しいですね〜! 不快な輩がいなくなったせいでしょうかね!ええ、そうでしょう!」

 彼は独り言も華々しくダイナミックであった。

.....にぎやかですな」

 静かで落ち着きがあるが、どことなく酷薄な印象を受ける声音に、張コウはハッと振り向いた。目にはハートマークが翔んでいる。

「司馬懿殿ッ! お久しゅう! 会いたかった〜!」

.....ああ」

「さぁ、もっと私にじっくりお顔を見せてください!」

.....いや、別にいつもと変わりはないが.....

「そのお変わりない司馬懿殿のお顔を見たいのですよッ! ああ、少し痩せたのではありませんか?」

「変わらぬと思うが.....

「んもう! 昨夜遅くにご帰還されたとのこと。すぐさまお訪ねしようと赴きましたのに、すでにお休みとうかがって!」

.....さすがに疲れておったのでな」

 一歩引いて司馬懿はこたえた。

 淡い色合いの澄んだ青空のもと、緑は燃え、花が咲いている。北の国の短い晩春の風景だ。

 整然と調えられた庭園にたたずむ司馬懿は、一幅の絵のように美しかったが、午後の柔らかみのある色彩は、彼に似合うものではなかった。

 帰還した翌日のこの日、丸一日休養日であるにもかかわらず、司馬懿は一分の隙もなく朝服を身に付け、漆黒の羽扇を手にしていた。

「ふふふ。お休みの日だというのに司馬懿殿らしいですね」

 愛おしげに微笑む張コウ。

 司馬懿はさらに一歩引いた。

「でも、司馬懿殿のそういうところ、とても素敵です!」

「いや.....

「いいえ、素敵ですよッ!」

 ずずいと張コウは伸び上がって、言い募った。

 じりじりと迫るにつれ、司馬懿があとずさっていることには、まるきり気を回さないのである。

 

.....ここであったか、軍師殿」

 背後からの低い声に、司馬懿は得たりとばかりにふり返った。声の主は隻眼将軍、夏侯惇であった。

.....夏侯惇将軍。私に何か?」

「夏侯惇殿〜ッ! おかえりなさーいっ!」

 ふたたび張コウの双眸がキラキラと輝く。第二の想い人の登場だ。

 美を愛し、才を愛し、教養を愛する張コウにとって、曹魏の殿堂は、まさにパラダイスであった。

 主君の曹操自身が、なによりも才を尊ぶ人物.....つまり能力本位で人を集める人間である。しかも当人が、学問にも音曲詩歌といった雅ごとにも通じているため、自然見出す才の持ち主は、戦の達人一辺倒ではない。この主のもと、中華全域から、様々な才を自負自認する輩が集っているのである。

 そんなパラダイスの中でも、張コウの愛して止まない人物は三人いた。

 まずは主君であり、魏王たる曹孟徳。彼については、今さらなんら述べる必要などないだろう。治世の能臣、乱世の奸雄という曹操を評す言葉はあまりにも有名である。

 そして次にあげるべきは、その従兄弟である夏侯元譲。戦場では鬼神のごとき働きをみせ、隻眼の猛将軍と恐れられている。しかし質として捕えた周瑜くんの世話を焼いていたのが、他ならぬ夏侯惇であったのは周知の事実だ。不器用ながらもかいがいしいその対応に、敵国の軍師である周瑜くんが、あっという間になついてしまったのだ。

 張コウとしては、大変不満で不愉快ではあったが、換言すれば、敵方の捕虜にさえも気を使う紳士なのである。

 つまり、一見無口で無愛想に見える彼は、実は気持ちのやさしい気配りの人であった。

 張コウはそんな夏侯惇を心から愛しく思っていた。

 そして最後のひとり.....想いを遂げるには最難関と目されるこの男.....司馬仲達である。

 常に端然とかまえたその物腰。氷のような怜悧な美貌。明晰な頭脳のはじき出す策は、恐ろしいほどに合理的で、時としてそれは残酷にも感じられる。

 主君である曹操ですら、恐れを抱く黒羽扇の闇軍師、司馬懿。

 しかし張コウは、そんな司馬懿が大好きであった。ときたま見せる微笑や、日常生活のささいなワンシーン.....たとえば軍議のあと、会食の席で、苦手な杏仁豆腐を、そのまま横に押しやっている場面や、紹興酒を呑みすぎて、白蝋の頬がかすかに上気している姿.....司馬懿の人間的な行動を目にしただけで、彼の胸は年頃の少女のように、きゅーんと高鳴るのだ。

 普段の姿が、ほとんど無感情、無表情にみえるから、なおのことなのである。

 そんな気難しい司馬懿の、貴重な笑みを、おのれのみに向けさせること.....それは張コウの野望であり、力の根源でもあった。

 さて、場面を許昌の居城に戻すことにする。

 

 夏侯惇は、司馬懿しか目に入っていなかったのかもしれない。張コウの姿を見止めると、びくりとおののいた。

「ちょ、張コウ将軍もおられたのか」

 目に見えて、夏侯惇は後ずさった。

「ええ、いたのですよっ! 此度は遠路はるばるお疲れサマでしたねっ!」

「いや.....なに.....

.....夏侯惇将軍。私に何かご用か?」

 司馬懿がくり返した。言外に張コウに場を辞すよう促しているのだろう。しかしそんなことに気づく張コウではなかった。いや気づいたとしても、すんなり消える彼ではない。

「あ.....いや、別に急ぎの用ではないのだ。その.....また後日」

 そういうと、夏侯惇はふたりに背を向けた。

 

 そんな彼の様子が、いつもと異なると、一瞬早く気づいたのは張コウの方であった..........

「あ、夏侯惇将軍、待っ.....

 張コウが、去ってゆく背中越しに声を掛けた瞬間、夏侯惇の身体がぐらりと傾いだ。

...............!」

「夏侯惇殿ッ?」

 そのまま前のめりに倒れそうになるのを、膝立ちでこらえる。

「ああっ、夏侯惇殿! いかがなさいましたかッ?」

 すぐさま駆け寄る張コウ。

.....夏侯惇将軍.....

 緩やかに近寄ったのは司馬懿であった。彼はそのまま膝を折り、うつむく隻眼将軍の様子をうかがった。

「ぐっ.....

「夏侯惇将軍ッ? どうしたのです? ご気分でも? し、司馬懿殿、どうしましょう!」

 張コウは司馬懿を見つめた。こんなときには、いっそ無表情の司馬懿が頼もしくみえるのだろう。

.....夏侯惇将軍.....肩口の傷、医師に見せておらなんだか」

 司馬懿が言った。抑揚のない声音は、時として冷徹に聞こえる。

「道中のことゆえ、時間がなかった。.....他にも負傷兵は大勢おったのでな」

 独り言のように夏侯惇がつぶやいた。

.....貴公は一兵卒ではない。おのれの立場をわきまえられよ」

「わしよりもひどい傷を負った兵士が数多くいたのだ!」

「司馬懿殿ッ! 夏侯惇殿も! 今は美しくない言い合いをしている場合ではないでしょう。さっ、立てますか、夏侯惇将軍? 私が室までお送りいたします!」

 張コウは言った。理屈派よりも行動派の張コウである。

「いや、その気遣いは無用だ.....自分で.....くッ!」

「ほらーっ! ほらほらっ! あなたのほうこそ、私への遠慮は無用ですよッ!」

「い、いや、その遠慮というか.....

「問答無用! さ、肩をお貸ししますから、つかまって!」

「あ、ああ」

「はやく腕を回す!」

 がしりと張コウは夏侯惇の手をとった。

「張コウ将軍。逆の肩を支えてやれ。右は触れられるだけでも耐え難いはずだ」

 ひややかに司馬懿が言った。

「まぁ、そんなにひどいケガを.....? おのれ、周公瑾! にくいやつめ! よくも私の夏侯惇将軍に.....

「い、いや、別に周瑜殿は.....

「まったく、不愉快な! あの高慢ちきな顔を、この爪で切り裂いてやりたいッ!」

.....落ち着かんか、張コウ将軍。とりあえず、その爪は外してから支えてやれよ」

 やれやれといった調子で、司馬懿が付け加えた。

「あ、ああ、そうでしたね。さ、夏侯惇将軍。お手をどうぞ!」

...............

 夏侯惇は、全てをあきらめきった表情で、張コウに左手をあずけた。

.....あとで、医師を連れてゆく。話しはその時に.....夏侯惇将軍」

 司馬懿はそう言った。

「医は人の術.....まじないのたぐいではござらんしぇん」

 その老人は言った。震える指先が、鋭利な刃物を研いでいる。

 この人物、名を華佗という。

「あいにく弟子どもは、負傷兵の手当てに、皆出払っておっての。司馬懿殿、張コウ将軍、お手を貸していただきますぞえ」

 歯の抜け落ちた口からの漏れる声は、しゃーしゃーと息がまじり、擦過音となって、ひどく聞き取りにくくなってた。

 ふがふがとなにやらつぶやきつつ、道具を並べる小さな背に、張コウは飛びかからんばかりの勢いで詰め寄った。

「お貸しします! 夏侯惇将軍のおためならば、手だろうが足だろうが何でもお貸ししますよッ! ねっ、司馬懿殿!」

「ほうほう、張コウ将軍。貴殿は陽の気に充ち満ちておられるのう。上々上々」

 楽しげに華佗が笑った。老猿が口の端を引きつらせたような、不気味な顔付きであった。

.....して、ご医師。我らは何をすればよいのか?」

 司馬懿がたずねた。華佗はものめずらしそうに、表情の変わらぬ白い顔を、しげしげとのぞきこんだ。

.....ご医師?」

.....あー、ほいほい。では、そうさのう。張コウ将軍は両の足、司馬懿殿は左の肩を押さえていただけますかの」

.....無用だ」

 座臥に横になったまま、夏侯惇が言った。華佗の言葉の意味を察したのだろう。

「なんのなんの、夏侯惇将軍。いくら泣く子も黙る隻眼将軍であろうと、こいつは少しばかりつらいですぞ。なかなか堪えきれるものではござらんぞい」

「そ、そんな.....それほどひどいケガなのですか? い、一体どんな状態なのですッ?」

「いやいや、なぁに。右腕の付け根にの。木片が埋まっておるようじゃ。おおかた無理やり引き抜いたのじゃろ。途中で折れて、一部が肩肉に食い込んだまま残っておるのじゃよ」

「キャーッ!」

 張コウが高い悲鳴を上げた。

「何の何の。今、手当てすれば大事には至るまい。ホイホイと傷口を切り開いて、ゴミを取り去ったら、コイツを塗り込んで一丁上がりじゃ」

「ちょっと、ご老体! 魚の活け作りじゃないんですからね! 軽く一丁上がりなんて言わないで下さいっ! 恐ろしいッ!」

 当の夏侯惇は、黙したまま、何も言おうとしないのに、張コウはひとりで、きゃーきゃーと声をあげた。

「ほいほい。でははじめるとするかの。お二方、用意はよろしいか?」

 華佗が、司馬懿と張コウを順に見遣った。

 司馬懿は黒羽扇を卓子に置き、両の腕で夏侯惇の左肩を押さえた。

「張コウ将軍もお頼み申しますぞ」

 華佗に促され、張コウは、きゃーきゃー言いながらも、両の足を、全身で抑えにかかった。

 夏侯惇は不満げであったが、逆らいはしなかった。

「夏侯惇殿。舌を噛むといけませんのでな。こいつを銜えていて下され」

 白布をまるめたものを、華佗は夏侯惇の口に当てた。

「待て.....わしのことは、孟徳.....殿には言うな。大事無いのなら、わざわざ知らせる必要はないのでな」

 ぼそりと夏侯惇がささやいた。

「フムフム。まぁ、聞かれなければ言うまいよ」

 華佗が言った。

「ご随意に」

 と司馬懿。

.....では、始めますかの」

 夏侯惇が白布を噛みしめたのを、合図に華佗は小刀を手に取った。

.....せめて気絶してくれると、楽にしてやれるんじゃが.....

 という、小さなつぶやきは、間近にいた司馬懿の耳にしか入らなかった。

 

 鋭利な刃物が、浅黒い肉を裂き、鮮血をほとばしらせる。

 夏侯惇はときおり、くぐもったうめきを発したが、ほとんど身動きをせず、治療に耐えた。

 足元を押さえている張コウは、のびあがってのぞきこまないかぎり、血も肉も見えはしないのに、顔を伏せたままの姿勢を保っていた。

「夏侯惇将軍.....そんなに我慢しなくてもいいんですよ。痛かったらあばれてもいいのに.....

 ぐすんと鼻を啜って、やさしげな言葉を口にする。

 司馬懿は、華佗の処置に、黙したまま見入っていた。

 じわじわと朱色の体液が溢れる様を見守り、薄桃色の肉のうちから、赤黒く染まった木片を見て取った。おそらくは合肥城炎上で、焼け落ちた梁の一部であろうと思われる。それはすでに木炭と化していた。

 大粒の汗の浮いた夏侯惇の額を、司馬懿は自分の手布でぬぐった。

「よーしよしよし! とれたぞぃ! よかった、中で砕けておったら、めんどうなことになるところじゃった」

 ふぅと大きく息を吐きだすと、華佗が言った。

.....済んだのか」

 司馬懿が独り言のようにささやいた。

「ふむふむ。後は縫合して、こいつを塗り付けてやれば終いじゃな」

「終わりッ? 終わりですね?」

「はいはい。張コウ将軍。さてもみごとなものじゃの、夏侯惇将軍。この深手に、声ひとつ上げず、意識も失わぬとはの。さすがは隻眼将軍じゃ、ほっほっほっ」

 それには、夏侯惇は何もこたえなかった。布を噛んでいるため、声を出せないのだ。

「じゃ、あとはちゃっちゃっといこうかの」

 老人の震えがちな手とは思えぬほどの早業で、華佗はさっさと傷口の表皮を縫いあわせ、血をぬぐい取った。

「ほいほい、終いじゃ、終い」

 どろりとした、濃い緑色の練り物を、四角に切った布きれの上に、べっとりと塗り付け、縫合を終えたばかりの、傷の上に貼り付ける。その感触が不快だったのかも知れない。夏侯惇の肌が、ビクビクとうごめいた。

「夏侯惇将軍。すまんが、ちいとばかり上体を持ち上げてくれるかえ」

 華佗が言った。すぐさま動き出そうとする夏侯惇を、張コウが急いで制した。

「ムチャですよっ! たった今、傷口をふさいだばかりなのに! さ、司馬懿殿はそっちを! 私が後ろに回ります!」

.....すまんな」

 夏侯惇がつぶやいた。

「んまぁ!そんなこと、気にする必要はないのですよッ ささ! 司馬懿殿、いきますよ!」

 みっしりと筋肉のついた、大がらな肉体は、大の男ふたりで支えるにもかなりの力を要する。

「んっしょッ! あっ、痛くないッ? だいじょうぶですか、夏侯惇将軍ッ?」

.....気にされるな」

「気になりますよッ! そっと、そっとね、司馬懿殿!」

.....にぎやかだな」

 司馬懿はぼそりとつぶやいた。

 上半身が固定されたところで、華佗は薬布の上から、包帯を巻き付けはじめた。

「あまりきつくするわけにはいかぬでな。血の巡りが悪くなると、腐れてきてしまうからの。ほっほっほっ」

「キャーッ! 他人事だと思って怖いこと言わないでくださーいッ!」

「ほいほい。いよっと。これで大丈夫じゃ。しかし、二三日は絶対安静ですぞ。右の腕は動かしてはならぬ。よいですな」

...............

「もちろん、おまかせください!華佗殿! この私がしっかりとみはって、看病いたしますからッ! さしあたって、女子どもは入室禁止にいたしましょう!」

 両手をあげ、勝ち誇ったように、張コウは言った。やれやれという様子で眺めているのは司馬懿である。

.....では、もうよいのだな」

 夏侯惇が華佗を見た。ほとんど視線を合わせようとしなかった夏侯惇を、この時華佗は真正面から見た。彼に対するいましめを強めるように。

「手当てはもう終わりじゃ。重々に自重され、ゆっくりとやすまれよ。.....さもなくば、御身の回復は保証しかねるゆえ」

 それだけいうと、老人医師はさっさと出ていってしまった。

 

「おやおや、ご老体はずいぶんとお急ぎですねぇ、司馬懿殿」

.....合肥遠征の折り、負傷兵がずいぶんと出ましたのでな。ご多忙であられよう.....貴公は同行されなくてよかったですな」

 多少の嫌みをこめてか、司馬懿は言った。

「まぁ、司馬懿殿! この私の身を案じてくださるのですね!」

「え.....いや.....

「だいじょうぶですよ、わたくしの司馬懿殿! あなたとご一緒ならば、あなたの御身と私のこの美しい身体.....両方、身命をつくしてお守り申し上げますもの!」

...............

 どこまでも自己流の解釈をする張コウに、司馬懿は沈黙を余儀なくされた。

.....張コウ将軍。めいわくをかけた.....かたじけない」

 やや唐突に夏侯惇が言った。

「夏侯惇将軍! お具合はどうですか? そんな水臭いことおっしゃらずに.....

.....いや、悪いが、軍師と話があるのだ。.....外してもらえるか」

 静かではあるが、有無を言わせぬ声音で、夏侯惇は言った。

「え、え?」

.....すまぬが.....

「なにやら内密の話なのかな。さ、はやく出られよ、張コウ将軍」

 ふふんと、人の悪い笑みを浮かべ、司馬懿が張コウをからかった。

「そ、そんな〜」

「すまぬ.....

 生真面目な夏侯惇に、そうたのまれては、さすがの張コウもこの場は引くしかなかった。

 扉を開け、退室する際に、司馬懿と目があったが、黒羽扇の軍師は、思い切り気づかぬふりを装っていた.....