王子様はだれだ!
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「ねぇねぇねぇ!周瑜くんの帯がないよぅ! どっかいっちゃった! りょもーりょもーりょもーッ!」

「オオイ! 俺のカンペ知らね? おっかしーな、今朝、間違いなくハチマキの裏にはさんでおいたはずなのによ〜」

「うえぇぇん! 周瑜くんの帯ーッ!」

「やべーな、オイ。俺、祝いの言葉とかゆーの、暗記してねーんだわ。マジやべーぞ、伯言にバレたら……」

「りょもーりょもーりょもーッ!」

「ささっ!周大都督! こちらの牡丹のお花の帯を……」

「ちがうもん!チョウチョの柄のついたヤツがいいんだもん! せっかく今日のために取り寄せたのに〜ッ」

「なぁなぁ、周瑜殿、ここら辺でこんなカンジの四角い紙見なかった? 俺のカンペ……」

「知らないよッ! 今、周瑜くんの帯が見つからなくて大変なんだからッ! かんねーにかまってなんていらんないの!」

「つめてーな〜。なぁなぁ、呂蒙、わりーけど、祝辞とかゆーの、代わってくんない? 俺、人前でしゃべんの苦手なんだワ」

「いやいや、甘寧、邪魔をしてくれるでない。それがしは周大都督のお着替えを……」

「りょもーりょもーりょもーッ!」

 

 騒いでいるのはなにもこの三人だけではない。殿堂では孫権さえも、いらいら、そわそわと歩き回っている。筆頭軍師の陸遜など、身体が三つあっても足らないくらいのてんてこ舞いであった。

 

 ついに当日……曹操の嗣子、曹丕が、魏の重臣らと孫呉に来訪する……その日であった。 

「魯粛どのッ! 贈答の品は……」

 タカタカと早歩きになっても、不躾に走り出したりはしない。孫呉の若き苦労人、陸遜である。

「はいはい、軍師殿、そろっておりまする。いやぁ、はらはらさせられましたが、件の織物もほれ、ここに」

「そうですかッ、よかった間に合って! 祝宴の支度は……」

「だいじょうぶですよ、張昭殿が御自ら、指示を出しておられます」

「そ、そうですか、よかった……」

 ハァハァと、冗談でもなく息を切らせて、陸遜が言った。

「軍師殿、それではご到着までに疲れ切ってしまいますぞ。少し、室でお休みになられたほうが……」

「まさか! そんな時間、ありませんよ。私なら大丈夫です。それでは今しばらく、よろしくお願い申し上げます」

 そう言い置くと、苦笑する魯粛を後ろに、さかさかと歩き出す。

 

 宮廷料理や、贈答の品、会場のセッティングは、ほぼ予定通りに行われている。後は人……そう、セレモニーで様々な役割を振り分けた人々が、きちんと役目を果たしてくれるかにかかっているのだ。

 陸遜は、周瑜くんの室の前に立っていた。

 そう、今日のイベントに際して、周瑜くんこそが、孫呉側のメインキャラのひとりであるのだ。なんせ、孫権の義兄、水軍総司令で大都督であるのだから。

 無駄に身分の高い周瑜くんであった。

 

 軽く戸を叩くと、陸遜は声をかけた。

「周大都督、失礼しま……」

「うえぇぇんッ! りくそ〜んッ!」

 室に入ってきた陸遜に、飛びつく周瑜くん。

「うわぁっ! なっ、何をしているんですッ! あ〜あ、そんな格好でッ」

「だってだって、りくそ〜んッ」

「呂蒙どのッ! あなたが付いていながら……」

 ここで呂蒙を責めるのは気の毒だが、陸遜が怒鳴りたくなるのもうなずけるというものである。

 あろうことか、周瑜くんは上着だけ引っかけたままで、下は素足なのである。帯も留めてないから、ハラハラと翻り、目のやり場に困る有様だ。

「周瑜殿ッ! 風邪をひきますよッ 時間も迫っておりますし、はやくお召し替えを済ませてくださいッ」

「だって、だって、周瑜くんのチョウチョの帯が無いの〜。せっかくせっかく今日のために取り寄せたのにッ すっごくキレイなのに〜」

「呂蒙どの……」

「いや、すみません、軍師殿。間違いなく届いているはずなのですが、お洋服ダンスをいくらさらっても、それらしきものが……」

「あるはずだもん! だって届いたって、係の人が言ってたもんッ! 楽しみにとっておいたのに〜」 

 ハァと大げさなほど、肩をすくめて、陸遜は言った。

「周大都督、きっとご衣装に紛れてしまったのでしょう。周瑜殿は衣装持ちでいらっしゃるから。今日はなにか代わりの帯になさって……」

「ええ〜ッ! 周瑜くん、あれがいい!絶対今日、つけるって決めてたんだもん! 夏侯惇将軍も来るのにッ」

「まぁまぁ、周大都督はお綺麗ですから、どのような帯でも美しく着こなせますよ」

「そんなこと知ってるもん。でも、周瑜くん、今日はあの帯がいいの」

 プイとそっぽを向く周瑜くんであった。さすがに青筋を立てる陸遜であるが、こんなことでいちいちキレていたら、孫呉の筆頭軍師などつとまらない。

「ああ、そうですか。ではがんばって探してくださいな。式典の時間は延期されませんから、間に合わなければ、もっとみっともない格好で皆さんの前に出ることになってしまいますからね」

 冷ややかにそう言うと陸遜は、きびすを返した。

「なによ、りくそん、スゴイいじわる」

 憮然とした表情で周瑜くんはつぶやいた。

「この忙しいときに、我が儘ばかり言ってる大都督の相手はしてられませんから」 

「む〜ッ、周瑜くん、ちゃんと舞の練習したんだよ? すごくキレイに踊れるんだから!」

「そうですか。楽しみにしています」

「カンニングの紙、無くしちゃった甘寧とは違うんだからね、周瑜くんは」

 ただの八つ当たりに甘寧の名を出す周瑜くんであった。

「カンニングの紙?」

 陸遜の整った眉目が、ぴくりと引きつる。

「そーだよ。りくそんと仲良しさんのかんねーは、カンニングの紙だもんね!」

「…………」

「無くしちゃったって言ってたよ。かんねー」

 

『あのボケ……』

 うなるように、低くこぼすと、陸遜は早々に周瑜くんの前を辞した。

 

 あと、数刻で、約束の刻限である。