夜明け前
<9>
 
 
 曹 丕
 

 
 

 

 

「いっで〜ッ!なにしやがる、この優男ッ!」

「わめくな粗忽者。獣のように咆吼するしか脳がないのか、このたわけめッ!」

「ぐっ……」

 三成の叱責に、孫策がひるんだ。

「まずは我らの話を聞け。それでやはり気に入らぬのなら、刃を向けるがよかろう。もっとも、そのときには、そっ首吹き飛んでいようがな!」

「ぐっ……ぐぅぅぅ〜 おのれ〜……」

 ぎりぎりと歯を食いしばる孫策。だが、いきなり三成につかみかかりはしなかった。

 後から聞かされた話なのだが、孫策は三成のようなタイプが苦手らしいのだ。

 周瑜や三成のような……いわゆる中性的な雰囲気の人間には、本気で殴りかかってゆくことができないということらしい。そういえば、周瑜と一緒にいるとき、むしろ気を遣って世話をやいているのは、孫策のほうに見えた。

「……三成のいうとおりだ。ああ、彼は石田三成。日ノ本の国の軍師で……今はゆえあって行動を共にしている」

「曹丕ッ! なんだ、その気に入らぬ風な物言いはッ!」

 よけいな茶々を入れてくる三成。いいかげん面倒くさくなって、私は孫策と話を続けた。

「……我らの使命は、貴様を捕縛してオロチの元に引き出すことだ」

 私の言葉に、孫策は顔色を変えた。だが、かまわず先を述べる。

「だが、私はおまえを周瑜に引き渡す。……この意味がわかるか」

「なっ……なんだと……?」

「まだ好機ではない。……今しばらく時が必要だ」

「…………」

「だが、その時節はそう遠くない未来だ。……おまえには一役買ってもらわねばならぬ。迎えにやってくる周公瑾とともにな」

「……あ、あんた……」

「察したか、江東の小覇王。猛々しいのはけっこうだが、冷静に周囲を洞察する能力がなければ、上に立つべきではない」

「……チッ」

 忌々しげに舌打ちする孫策。

 ようやく察したのだろう。ヤツは決まり悪げにぼりぼりと頭を掻くと、ボソリとつぶやいた。

「…………なんだよ、そーゆうことかよ。んなら、はやく言えっての」

 ……子供か、この男は。私よりも年長だと思うのだが。

 三成と同じで、フンと口唇を突きだし、ふて腐れたようにそう言ったのだ。

「早く告げたかったのだが、貴様が聞く耳持たぬので手間取った」

「うっ…… チッ! しかたねーだろ。こっちは単騎駆けでここまで抜けてきたんだ。そんな気持ちの余裕なんざねぇよ」

 ……そうだな。この男のいうことももっともだ。

 なにより、弟妹と父親を、人質に取られているのだ。いかに図太い江東の小覇王であろうとも、相当せっぱ詰まった状況だったのだろう。

 

 

 

 

 

 

「おい、曹丕。いつまでも三人でいるのはまずいぞ。迂回させた兵もそろそろこの場所にやってくる」

 三成が周囲を確認しつつそう言ってきた。

「……そうだな。迎えの船はまだか? 沖にそれらしき船団は見えぬが」

 私と三成は大きく開けている岬の方面を見渡した。

「たりめーだろ。そんな見晴らしのいいところに船を着けるかよ。俺たちは海賊顔負けの江東随一の船団だ!」

 ふんぞり返ってそういうと、孫策はこっちにこいと、腕を回す素振りをした。

 ふたりで先に走り出した彼の後を追う。

 三成は、浜辺の砂が服にかかるとか、暑苦しいとか、散々文句を言っていたが、それでも最後尾でついてきた。

 

「おら、ここだ」

 巨大な岩壁に遮られた、流れの速い狭隘な場所……

 ふいにその岩壁を曲がったところから、ぬっと巨大な船が顔を出した。

 決して小さいとはいえない船が数隻停泊していたのだ。たぶん、我々より少し前にここに着いたのだと思う。

 いざこざがあったとはいえ、私たちはまるきり気づいていなかったのだ。

 

「あーッ! 策だ! 策ぅ〜ッ!」

 のんびりとした……それでも精一杯、大声を上げている人物……

「おぅい、周瑜! 出迎えサンキュー!」

 俺たちを放りっぱなしで、孫策はダカダカと主船の方に向かって走っていった。

「おい、いくぞ、三成」

 私は彼を促した。できれば、周瑜と話をしておきたかったからだ。これだけの船団(それでもまだここに来ていない味方も多いのだろう)を有する彼らは、三国の同盟が連中を叩きつぶすとき、間違いなく役に立つことだろう。

「……よく見えぬ……あの輩がおまえの言っていた、孫呉の軍師という男か?」

「そうだ。周瑜……周大都督。孫呉の水軍総司令官であり、あの孫策の義兄弟でもある」

「義兄弟〜? よくわからぬが……」

「それだけ、主家の信頼を受けており、また彼自身の家柄も主家に準ずる血筋であるということだ」

「ふーん……」

 なぜか、つまらなさそうに返事をする三成。だが、今はいちいち周瑜の説明をしているわけにはいかない。

「いいから急げ。孫呉の軍船は俊敏だ」

「……わかった」

 何故かふくれつらの三成を伴い、すでに出港準備に入っている船団に駆け寄った。

 孫策がいてくれなければ、すんなり話ができないだろう。連中は我らを裏切り者と判じているのだから。