夜明け前
<11>
 
 
 曹 丕
 

 

 

「……そうか、蜀の動向はわからぬか……」

 今は少しでも手勢が欲しいところだ。劉備はともかく、あそこには我が国の張遼や典偉と拮抗する猛将が多くいるのだ。

「各地に散らばっていると見るのが正しいか……そもそも、この地の広さ全域など誰もわからぬのだからな」

 三成がいう。

「あ、でもね。今、周瑜くんたちのところが、一番大きな軍勢になってると思う。蜀の関羽殿と御子らも居るし、呉の武将も少しずつ戻ってきてる」

「……我が父のようにすでに殺害された者も居ようが」

「曹操さま……? でも、そんなのわかんないじゃない。妲己がそういってるだけでしょ」

 父、曹操の一件については、孫呉の連中の耳にも入っているのか、周瑜は頭から否定してきた。

 

「……周大都督」

 三成の固い声に、びくっと彼が肩をふるわせた。

「そちらの陣営に、我が国の者は居るか?」

 それはひとりきりで、魏の陣営に取り残された三成としては、どうしても訊ねたかったことだろう。

「う、うん。何人かが軍勢を引き連れて合流した…… あ、あの、えーと、ァ千代ちゃんとか、おねねさまとか、女の人たちと〜」

 間延びした周瑜の言葉に、三成が、『おねねさま』と吐息をついた。かすかに口元に笑みが刷かれるのを見ると、彼にとって大切な女性なのだろう。

「明智光秀どのと娘さんもいるよ。えーと、それから〜、『愛』って書いてある人〜」

「光秀殿に兼続……」

「あとは、おじいちゃんたちが何人か!」

 周大都督は、ご老体をひとまとめにしてそう言った。

「清正は……? 左近は……?」

 震える声で、三成がさらに訊ねる。

 

 

 

 

 

 

「あ、島さこんどの?」

 周瑜が頭を傾げて訊ね返した。どうも日ノ本の人間の名は、発音しにくいようだ。

 

「え……?」

「頭のいい人。周瑜くんにやさしい人」

 にこにこと笑って彼は言った。

「ホントは今日も一緒にくるはずだったの。でも、まだ、足の怪我が治ってないから……」

「そうか……左近は生きているのだな? 無事におまえたちの陣営に居るのだな?」

 長身の周大都督に縋り付くような格好で三成が訊ねた。

 

 島さこん……島左近。

 三成にとって島左近というのは、私と仲達のような位置関係に当たるらしい。

 あの難しい三成を、上手く操縦するできる人物であれば、さぞかし有能な輩なのだろう。

「ええと、他にも日本の人はいるけど……」

「いや……いい。今はそれを確認している余裕はないのだった。当初の目的を忘れるわけにはいかん」

 私が言葉を挟む前に、三成が軽く頭を振ってそうつぶやいた。

 そのまま、ふたりの軍師は、各地に散らばった軍勢の数、蜂起の段取りやその時期について、それぞれの意見を申し述べ始めた。

 

「……あれから、三ヶ月……いや、もう四ヶ月になるか。徐々に現実が見え始めてきたというところだな」

 三成が深い吐息をついた。

「だが、思ったより残存兵力が大きいのは救いだな。もっとも大きな組織は周瑜どのらが、集結している陣営らしい。他の小陣営のものどもにも情報を伝達しよう。遠呂智はまだ我らを信用している……いや、そのふりをしているというべきか」

「そうだよねー。今日は策を助けられたし、他にもちりぢりになっている仲間の人たちを集めて行かなきゃ」

 周大都督は繰りかえし頷いてそう言った。そういえば、呂蒙という屈強な人物が、周瑜殿の後ろに控えているが、いっさい口を挟まない。彼らが大都督はそれだけ信頼されているということだろうか。

 

「あまり時間がかかると怪しまれるぞ、曹丕」

 話が一段落すると三成が言った。

「そうだな。……周大都督、それでは今後の伝達方法については先の約束通りに」

「はい、わかりましたー、曹丕さま〜」

 彼はコクコクと頷いた。

 

「あ、あの……」

 話の終わりになって、おずおずと周大都督は三成に彼に声を掛けた。

「あの……三成どの。さこんどのに何かいう? きよまささんって人は……もしわかれば……」

「……いや、今は私情を交えている場合ではない。俺の個人的なことはよい」

 そういうと、三成は口を噤んだ。

「で、でも、みんな、三成どのが無事だって知ったら喜ぶよ? さこんどのだって嬉しいはずだよ……?」

 怒らせないようにと、びくびくしながら、周大都督はなおも言いつのった。三成はわずかに逡巡した後、

「では……左近に言づてを。『俺のことは心配要らない。おまえの為すべきことを為せ』とな。それから清正……清正を……」

 途中まで言いかけた言葉を、三成はぐっと飲み込んだ。

「いやいい。左近へはそのように伝えてくれ」

 そういうと、彼はくるりときびすを返した。すぐさまに軍に戻るというのだろう。

 

「曹丕様、三成殿ってムズカシー人なのね」

 去りゆく三成を見送りながら、周大都督はひっそりと私に耳打ちしたのであった。