夜明け前
<12>
 
 
 曹 丕
 

 

 

孫策の追討戦は、結果的に不首尾に終わったことになった。

 当然だ。

 私と三成で、一計を案じてヤツを逃したのだから。

 

 妲己はキンキン声で、苦情を申立ててきたが、遠呂智からはいっさい何もなかった。もっとも彼は、古志城とかいう居城にこもっていて、めったに外には出てこないのだが。

 

「まったく、曹丕さんらしくもないわよね! 三成さんはともかくあなたの剣の腕なら、仮に一対一になったとしても、孫策さんを討ち取ることはできると思っていたのに!」

 あの戦から二日経った今でも、妲己がちくちくと嫌みを言いに来る。

「買いかぶりだ、妲己。手負いの虎の相手は、私ごときには少々荷が重かったらしい」

「手加減……したんじゃないの?」

「フッ……まさか。江東の小覇王を相手に、手を抜くなど……根拠のない邪推だな」

「まぁ、孫策さんは断崖から海に落ちたって話だし……いますぐどうこうという自体ではないでしょうけど……あの人を捕獲できていれば、孫呉の残存勢力を手中に収めるにも時間がかからなかったでしょうに……」

「……妲己よ」

 不快感を押し殺し、私は静かに彼女の話を遮った。

 

 

 

 

 

「戦場では、想定外のことが発生する。貴女も行軍に参加しているのならばおわかりだろう。」

 冷ややかな口調で言い返した。一刻も早くこの不快な女を部屋から追い帰したかったからだ。

「ふん……まぁ、わかってはいるわよ。でも忘れないでよね、曹丕さん、三成さん」

 つんとあごを持ち上げ、妲己は言葉を続けた。

「あなた方の居城近国は、もとの国から連れてこられた兵卒がたくさん居るわよね、彼らの命もあなたたちの行動次第ということを忘れないで」

「了解している。……どころで妲己、三成の傷の手当をする。ゆえに外して欲しい」

 私は淡々と妲己に向かってそう告げた。

 当の三成は、座臥の上で膝を抱えたまま、妲己のいるほうとは反対を向いて蹲っているだけだ。彼のことを口にしても、いっさい会話に入ってこようとはしない。

「ああら、怪我してるの? それなら、衛生兵でも呼べばいいのに」

「……そこまでの大事ではない。それに彼はあまり人と接するのが好きではないようだ」

 出逢ってからまもなくの間で、彼の特性には気付いていた。人見知りで気性が荒いくせに、人恋しいという面倒な資質を持っている。それも、自分の身内と考えた人間にだけ、ようやく少しだけ自我を出して甘えられるのだ。この私もようやくそのうちのひとりという立場になれたのだろう。

 

「……曹丕さんの部屋に入り浸りなのね、三成さん。確か、自分のお部屋はとなりだったはずよねェ」

「……三成は繊細なのだ。心労も積み重なっている。……私の部屋で十分休息させる」

 それだけいうと、私はさっさと私室の扉を妲己の目の前で締めてやった。

 私のあかからさまの行動に、取り立てて文句をいうとこなく、ちゃらちゃらとした妖魔はさっさと自身の私室へ引き取っていった。