夜明け前
<15>
 
 
 曹 丕
 

 

「……幼少期からのつながりだというのならば、その者に何かあれば、おまえにもわかるのではないのか、三成。想いが深ければ、事情が相手に伝わるというぞ」

「ふん、俺はおまえのことだってわかる! 前にうかつな貴様が矢傷を受けて落馬したときも側にいなかったが、なにやらイヤな予感がしたんだ。適当なコトを言うな!」

「……いや……そうか」

 まるで殺し文句のようなセリフを言われて言葉に詰まるが、三成自身はまるでそのような心持ちではないらしい。

『加藤清正』という、特別な幼なじみの安否を、ひどく真剣に慮っている。

 今、この場でどれほど案じても、致し方がないことをだ。

 だが、まるで悩んだから悩んだ分だけ、よい結果がもたらされると信じているかのように、大切なものごとについては、繰り言のようにブツブと繰り返し考え込む。軍師という人種の特徴なのかもしれないが、三成は特にその傾向が強く感じる。

 もともと体力の在る男じゃない。おまけに精神的にも強靱なわけではない。もう少し物事を躱す能力があれば楽に生きられると思うのだが、それができないのも彼の資質なのだろう。

 

「食事が済んだのなら眠れ、三成」

 語調を変えて、私は彼に語りかけた。

「……曹丕」

「大丈夫だ、加藤……清正、とやらは、無事だ。おまえに断りもなく、死に急ぐ者でもなかろう」

「そう……そうだ。清正は……勝手に死んだりなど……」

「ならば、再会できるときのために、体力を温存しておけ。清正もそう考えていることであろう」

 小さな子どもに言うように、同じ内容を言い方を変え、噛んで含めるように繰り返すと、ようやく三成は睡眠をとると言ってくれた。

「曹丕……おまえのいうとおり眠るから……だから……」

「わかっている。私はここについている。何の心配もいらぬ」

 我ながら、らしからぬやさしさでそう告げる。

 何も三成のためというだけではない。私自身が、弱っていく彼を見ているのが、つらくあったのだ。

 

 

 

 

 

 

 このおぞましくも不可思議な世界にやってきてからの縁であるものの、なぜか妙に気を引かれる人物であった。男性にしては妙に整いすぎた容姿と、それを裏切るような難しい気性というのがものめずらしいとも感じていた。しかも、軍師としての能力は仲達にも引けを取らぬほどに明敏なのである。

 この苦境にあって、力のある協力者というだけで、純粋にありがたくもあったのだが、今はやや保護者的な心持ちになっているのが不思議だ。

 実際の年齢は私よりも少しばかり年上だというが、繊細な印象の外見も手伝って、あまりそうは感じられない。ましてや今の彼のように、ひとりの幼なじみのことを思い詰めて、まともに食事すら摂れなくなる有様は、まるで幼子のような頼りなさだ。

 

 寝台の三成が、ようやく規則的な呼吸を繰り返す。

 その顔をのぞき込むと、かすかに頬が削げ、目の下にうっすらとクマが張っていた。もともとの肌の色が、かなりの色白なのでいっそ痛々しくも感じてしまう。そして、見方によっては、痛ましいと同時にけしからぬ感情を抱きかねぬほど、艶めいて見えた。

「加藤……清正か」

 三成が繰り返し口にしていた幼なじみの名をつぶやく。

 その人物が三成にとって非常に重要な……というべきか、有り体に言ってしまえば、想いを寄せている人間なのだろう。その程度のことは、三成の物言いやその態度を見ていればすぐにわかってしまうことだろう。

 

 だが、自身の心のにも小さな誤算が生まれていた。

 三成が、何度も何度も、呪文のように「清正、清正」と繰り返すのを聞くと、みぞおちのあたりが微かに痛むのであった。

 それはいかな人間であっても、みな知っている感情……まぎれもない『嫉妬』の情なのだ。

「私としたことが……」

 ひとりごちて、痛みを覚えるそこに手を触れた。

「そのような感情は持ち合わせぬと思っていたが……どうにもおまえは私を惑わせてくれるようだ」

 苦笑しつつ、そっと三成の身体の上の掛布を直してやった。