夜明け前
<17>
 
 
 曹 丕
 

 

 

「……曹丕、おまえは総大将だ。その意気で指揮をとってもらう必要はあるが……」

「当然だ」

 私は即座に返事をした。

「違う、そういうことじゃなくて……」

 三成は私の顔を見ずに、訂正しようとした。

「そうことじゃなくて……無茶をするな。冷静に戦況を見てくれ。いざ、戦が始まれば、遠呂智軍からもっとも狙われるのは先陣を切っているおまえだ」

「わかっている。覚悟している」

 ごく当然のこととして、私は受け止めていた。

「……死ぬな。死なないでくれ」

 掠れ声で、三成がつぶやいた。

「三成……?」

「……曹丕、おまえまで……いなくならないでくれ」

 絞り出すような声に、私は椅子に座っている彼の目線まで、腰をかがめた。

 元気になったとはいっても、食事と睡眠の時間が定まったという程度の話だ。それも、今度の作戦のために、なんとか必死に自己調整しているような状態なのである。

「私はいなくならん。生きてもとの世界へ戻る」

 三成の冷たい頬に手を添えてそう応える。

「三成、人のことばかりを言っているが、おまえだとて、十分気をつけろ。いかに軍師といえど、我らふたりは妲己に目を付けられている。特におまえの軍略は連中にとっては脅威以外のなにものでもなかろう」

「…………」

「戦わねばならぬ日は近く必ず来る。迷いを捨てろ。軍を導き、おまえ自身も生き残るんだ」

「曹丕……」

「私は死なん。だから、おまえも生きろ。……加藤清正もおまえに再会できる日を待っているはずだ」

 そう言って私は少し後悔した。また、あの痛み……微かに胸の奥が苦しくなる。

 

 

 

 

 

「そうだな……そう……」

 三成が頷いた。そして、

「曹丕、少し寒い」

 とつぶやいた。

「あ、ああ、大分話し込んでしまったな。これから、冬の季節がやってくる。部屋に戻って暖かくしていろ。今体調を崩したら大変なことになる」

「……わかっている」

 そう応えるくせに椅子から腰を上げない。

 私は彼の手を取ると、いつものようにそれを引いて導いた。三成も、そうして私に連れられて歩くことに抵抗はないようだった。

 張遼と典韋にその様を眺められることになるが、それさえ何の斟酌もない様子なのだ。

 私はふたりに声を掛けると、三成を休ませる旨を伝えて、私室に引き取った。

 

「足が冷たい」

 部屋に戻ると三成が、何の躊躇もなくそういう。

「足湯を使わせよう。自室に戻るか?」

「……ここがいい」

 私の部屋の座臥に腰掛けたまま、彼はそう言った。

「温石でよいか。これを足にあてて、少し眠るとよい。今日は少々無理をしたな」

 おそらく、甄姫や父などが、私の物言いを聞いたら驚くだろう。このように、誰かを労る経験を私は初めてしていた。

「……曹丕」

 傍らに座った私に、身をもたれかけてくる。その身体はすっかり冷えてしまっている。よく女人は身が冷えやすいというが、三成もそれに近い特性をもっているようだ。

「曹丕は……妻がいるのだったな」

「……ああ、妻は側室も合わせて四人ほどだが」

「ふぅん……めんどうくさそうだな」

 脈絡のない話を、三成は続ける。